スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
「たまに一言のあしあと」は、移転いたしました

当ブログ 「たまに一言のあしあと」 は

2015年7月より下記に移転いたしました。



NEW!

「たまに一言のあしあと」



以後の更新は、新サイトにて行います。

今後とも、よろしくお願いいたします。

スポンサーサイト
【2015/07/01 00:00】 | その他 | トラックバック(0) | page top↑
#216 徳山にて、カメラマン、吉村朝之氏を思う
~徳山にて、カメラマン、吉村朝之氏を思う~






久しぶりに訪れた「徳山」。今は巨大なロックフィルダムが築かれて村の大半が湖底に沈み、満々と水を湛えるダム湖がそこにある。当然、かつての村の姿など見えるはずもないのだが、まだ水のなかった時のそこの風景は今も目に焼きついており、そのためか深い湖の緑の湖面を透かしてその風景が見えるような気がする。昔の風景のイメージを持っているか持っていないかの違いはそこで、持っていなければイメージを浮かべることは難しく、そこにある現実の風景が見えるだけ。解体されること無く最後まで残った徳山小学校に少しずつ水が迫り、今にも飲み込まれようとしていた時の光景は実に残酷で切なく悲しいものだった。その小学校校舎も、今はこの冷たい湖底で静かに眠る。













先日、ある一人のカメラマンが亡くなった。岐阜県在住の吉村朝之(よしむらともゆき)さんだ。地元の新聞などでも伝えられていたので、ご存知の方もあることだろう。享年67才。早すぎる死だ。氏がこれまでに残したものは限りなく大きく、体制に臆すること無い頑な姿勢や時代を見つめる鋭い眼、自然を愛する心などは、見る者に多くのことを訴えかけ、感動を与えた。私自身、生きていく上でたくさんのことを学び、そして教えられた。もちろん到底氏には及ぶものではないのだが、自然や廃村などを見つめる時には、常に氏の存在がそこにあった。吉村さんのこれまでに残された業績を思うと、私などがつながりを持つことができたこと自体が不思議なのだが、これも吉村朝之さんという一人の人間のお人柄に尽きると言っていい。氏に対しては、只々感謝の気持ちでいっぱいで、それをことばでは十分に言い表すことはできない。

吉村さんとのつながりのきっかけは、当サイトにいただいたメールからだった。当初は何をされている方かもわからず、ただやけに岐阜県の周辺の廃村について詳しく書かれていたので、自分と同じようにそういうものに惹かれている人なんだろうと思うだけだった。ある時、やり取りの中であまりに詳しくご存知なので「ぜひ、本を書かれたらいかがですか?」など私が言ったことで「実は私はマスメディア関係の仕事を・・」と、初めて正体を明かされた。それでもその時は多くを語られることはなかった。





そして、ネットで検索してみて思いっきり驚いた。世界的な沈船ダイバーであり日本を代表する水中カメラマンであり、テレビ番組企画制作、自然・山岳地など極地取材や映像作成・・等、他にも多くのことを手がけ、これまでにも大変な実績を残されている方だったのだ。そして既に「源流をたずねて」シリーズをはじめ、新聞への連載など数々の執筆活動もされている。テレビ番組では、私がよく見ていた名古屋テレビの「Let’s ドン・キホーテ」の制作もされていた。そういえば同番組で徳山村や尾羽梨、茨川などの廃村が取り上げられていたのを思い出し、「そうだったのかぁ‥」など納得したものだ。それにしても、本当に驚きだった。

そういう方に「本を書かれたらいかがですか?」など、何ともえらそうに失礼なことを言ってしまったと思い、早速お詫びの連絡を入れた。ところが、逆に叱られることになる。要約するとこうだ。「日本人の悪い部分として、有名人や芸能人などに弱い。つまり、そうした者を見上げてしまう傾向にあるが、これは良くないこと。みな同等、同じ位置ではないのか。自分もごくごく普通の人で、たまたま仕事の関係で、そうした方面に多少、詳しいといった程度である。自分からするとこれは差別でもある」と・・。こういう業界にいるというだけでエラそうにする人間が多い中でのこのことば、それに驚き感動した。このようなローカルなテーマの小さなサイトの一管理者である私に声をかけ、面倒な質問に対しても嫌な顔一つせずていねいに答えてくれて、数多くの貴重な情報や資料まで惜しみもなく提供してくれたことなどが、そのことばと全てつながるのだった。そして以降、氏の生き方や考え方、姿勢などは一つの指針として私の支えとなっていく。ある時「勝手に決めているのですが、実は吉村さんは、僕のお師匠さんなんですよ」と言うと、「あっ、は、はー」と笑っておられたが、廃村に同じような姿勢で向かい合っている者ということで容認してもらえたかな?などと、勝手に思ったりしたものだった。





お出会いして7年間、実際に顔を合わせることができたのは数える程なのだが、メールや電話でのやり取りはけっこうあり、その都度多くのことを学ばせていただいた。ご自身も「キズナのチカラ」や「なるほど!ザ・ニッポン」などテレビ番組に出演されることも少なくなく、その気さくで飾り気なく温かい人間性は、画面を通しても大いに伝わってきたものだ。きっと多くの人を引きつけておらるのだろう、などと見るたびに感じた。夫として、父としてかけがえのない存在を失われることとなったご遺族の悲しみとは比ぶべくも無いが、本当にその悲しみは大きく、私自身の中でも大きな支えを失ってしまった気がする。それとともに表現者としてまだまだ沢山のやり残したことがあったであろうということを思うと、その早すぎる死が何とも残念でならない。それでも私が知っている「吉村朝之」は、ほんのごく一部。その人望の厚さや人間関係の広さを思うと、はかり知れない哀惜の思いが今、氏に注がれているのは間違いない。













この日「徳山」を訪れたのは、ずっと以前から「徳山」のダム問題などの取材を重ね、数々の問題提起をされて徳山と徳山の自然を大切にされていた氏を送るのにふさわしい場所と思ったからだ。お通夜に行ったその時から、自分の中では、明日の葬儀の時は必ず徳山に行こうと決めていた。そこで氏を送りたいと思ったからだ。

ダム堰堤からの景色をしばらく見た後、徳山会館で時間をすごす。そしてさらに奥の道を進むと、かつての「上開田」地区あたりへと行きついた。山頂あたりだったのだろうか、そこからはダム湖の景色がよく見える。雨が降るかもと思われ、実際出発の時はパラパラと来ていた天候もこの時は申し分なく、青空と白い雲がきれいに一面に広がっていた。残念ながらモヤのためクッキリ感はないが、それでもそこからのダム湖面はとても美しい。日差しが強く少し暑く感じるものの、けっこう風が強いので爽やかだ。水面は太陽の光が反射し、吹く風が湖面に小さな波模様を描く。その景色を眺めていると、そういえばここからの風景は、以前、氏からいただいた写真で見たことがあったなぁ、など思い出す。確かダムの試験湛水で各集落が沈みつつあった時の取材の時に撮られた写真だったと思う。今はそれより水面が高くなり陸部が少なくなってしまっているが、おそらく同じような場所から撮影されたもののはず。陸部の木々の緑が増えている所に時の流れを感じたりする。









風の音しか聞こえない中でしばらくダム湖の景色を眺めていると、「戸入」方面の谷から湖面ギリギリに一羽の鳶がスーッと飛んできた。水面近くを何度もカーブしながらしばらく飛んだ後、急上昇して一気に空高く舞上がっていく。その機敏な動きはまるで戦闘機の様で鋭くかっこ良い。今度は、ちょうど私の立っている所の上空あたりで、小さく弧を描き始めた。上空はかなり風がきついようで、さすがの鳶も流され、飛びにくそうに見える。しかし次にはその風をうまく翼全体で受け止め、まるでホバリングのように空中で停止する。鳶のホバリングを見たのは初めてだ。そして、その姿にしばらく見とれる。強い風にあおられながらも、身体を少し揺らしがら静止を続けるその姿は、鳶自身もそれを楽しんでいるようにも見えるし、慣れ親しんだ風景を味わっているようにも感じられる。あまりにかっこ良いので思わず鳶に手を振る。もちろん鳶が答えるはずはないのだが、その間もホバリングを続けている。鳶の目には何が見えているのだろう、私の姿など映っているのだろうか、など考える。たぶん、ほんの数秒のことだったのだろうが、そのしばしのホバリングの後に鳶は再び上空で小さく旋回を始め、やがて大きな旋回へと動きを変えて姿を消してしまった。何か不思議な感じだった。それは何か一つの厳かな儀式が終わったような、そんな感じもした。









再び湖面に目をやると、風が小さな波模様を描く、先程までと変わらぬ風景がそこにはあった。しかし自分の中では、それまでとは違う何か湧き出るような不思議なものを感じた。つい先程までは、やり場のない切なさや寂しさでどうにもならなかった自分の中の重く淀んだ心が、なぜか流れ始め、体内に吸収されてゆく、そんな感じがしたのだ。どこか爽やかささえ感じるその気持ちは、これまでに味わったことのない感覚。もちろん寂しさや悲しさが消えるはずはない。それでも先程までとは違って、相反するものが違和感なく同居する感じ。自分が何をすべきなのか、自分自身の見るべきものは何なのか、向かうべき所はどこなのか・・お前がしなければならないことははっきりしているだろう?そう言われ、教えられたような気がした。そしてその時、まだまだ氏から学ぶことは限りなく、これからも変わらず学び続けていくということを確信する。「さようなら」というより「これからも、よろしくお願いします」ということばが似合う、そんな気がするのである。

2012年5月30日に吉村朝之氏(岐阜県在住)が多臓器不全で他界されました。生前のご厚情に深く感謝するとともに、謹んで哀悼の意を表します。






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2012/06/09 11:27】 | その他 | page top↑
#172 新年の挨拶
~新年の挨拶~


みなさん、明けましておめでとうございます。昨年は、本サイトをご覧いただき、励ましのことばや応援をいただき誠にありがとうございました。おかげ様で昨年末には訪問数も10万に達することができました。非常にローカルなテーマであるに関わらず、このように多くの方に集まっていただき本当に嬉しく思っております。夏以降、大変慌しい毎日が続いており、なかなか思うように取材やサイトの更新ができずストレスがたまる一方なのですが、何とかマイペース??でがんばって行きたいと思っています。今年も引き続き応援いただけるととても嬉しく思いますので、よろしくお願いいたします。


昨年の主な訪問先を記憶のままに振り返ってみました。地名やら地域名やら施設の名称やらが入り混じっていてわかりにくいのですが、以下のような感じでした。
岐阜県方面では「愛知・旧小原村~岐阜・明智」「下大須」「上大須」「根尾東谷川」「椿」「越波」「黒津」「加須良」「瑞浪市藤枝」「荘川桜」「馬狩」「坂内民俗資料館」「白川郷民家園」「有家ヶ原」「島」「貫見」「下呂小坂林道」「中腹林道」「御母衣湖周辺林道」「牛首林道」「ホハレ林道」「坂内川沿いの林道」「白山スーパー林道」などなど。
富山県方面では「相倉集落」「境川ダムと桂集落跡」や地域の木造校舎。石川県と福井県方面では「石川・九谷」「真砂」「我谷ダム、九谷ダム」「福井・池河内」「福井・敦賀市立東愛発小学校跡」「福井・上根来小学校」「若狭幹線林道」。京都方面は「久多」「広河原・能見町」「佐々里峠、芦生」「大原小学校百井分校」「大原小学校尾(大)見分校」など。
地元である滋賀県は「桃原」「君ヶ畑」「永源寺ダム」「桜川駅」「柳ヶ瀬トンネル、高時川」「芹谷の集落」「朽木・横谷」「朽木・北山ダム周辺」「朽木・木地山」「椋川と椋川分校」「奥川並」「小原」「明幸」「五僧」「杉」「保月」「土倉鉱山跡」「在原」「入谷」「霊仙分校跡」「寒風麻生林道」「滝谷武奈林道」「林道国見線」「林道小入谷線」といったところでしょうか。この他にも、途中に立ち寄った所など多数あると思いますが、とりあえず思いついたものをあげてみました。

こうしてみると「林道がやけに少ないなぁ‥」「長野方面に行ってないじゃないか‥」「なんかいつもより少ないんじゃないか??」などいろいろ感じてしまうわけですが、今年はもっと幅広く、そしてここ2~3年ほど行けていない地元の山村、林道などを中心にまわってみたいと思っています。

それにしても魅力的な滋賀の林道が限られてしまってきているのは誠に残念なところ。昨年まであったものが今年はなくなってしまっている、なんてことがごく普通に起こる今の時代、現在ある姿を残すことの重要さを感じる次第です。下の写真はいずれも滝谷武奈林道からの風景です。全く違った風景が見られるのも面白いものです。しかしこの林道も、ここ数年でガラリと姿を変えてしまったものの一つです。未舗装林道の舗装化は、誰がいつ、どのような基準でどのようなねらいで決定されるものなのか、気になったりもします。

山村などを訪れると、いろいろな人やもの、動物や自然などに出会います。そしてそこからいろんなことを得たり、感じたりします。そういった様々な出会いを本サイトでご紹介できればと思いますので、これからもよろしくお願いします。








http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2009/01/02 17:36】 | その他 | page top↑
#134 「源流をたずねて5」
~「源流をたずねて5」~

昨今の廃虚ブーム。そのためか廃墟写真集やそれに類似するような書籍をけっこう書店で見かけたりする。しかしながら、社会問題として長きにわたって注目されていた徳山村などを除き、廃村などに関して書かれたものを目にすることは滅多に無い。そのため廃村のことを調べる際は、各地の地誌や地名辞典に大方を頼り、たまに登山や山釣り関係の書を参考にする程度。深く調べたい時は、民俗学の調査報告書や専門書、地方で発行されている各種調査冊子等に頼ることとなる。いずれにしても一般に出版されているものの中で、廃村に関してふれられているものはほとんど無い状況だ。

今回のこのコーナーでは一冊の本の紹介をしたい。「源流をたずねて5」(著者:吉村朝之/発行:岐阜新聞社、発売:岐阜新聞情報センター)である。このシリーズは既に1~4巻が刊行済みで、今回の5で完結となる。岐阜県の河川という視点から、その周辺の歴史や自然そして集落、道、生活‥などなど様々なことについて書かれており、タイトルの‘源流’ということばからも想像できるように、当然廃村や過疎集落などについいてもふれられている。著者の吉村朝之氏は水中カメラマンであり、テレビ番組の企画・製作などもされている方で、広い視野からのアプローチや、氏自ら足を運んでの取材の内容の濃さには本当に驚かされるばかりだ。他の書籍などでは決して得られないような貴重な情報が多く、私にとってこのシリーズは、同氏により制作された岐阜テレビ放送の番組「ぎふ川物語」とともに岐阜訪問の際のバイブル的存在となっている。本サイトに興味・関心を持たれている方にとっては、間違いなく貴重な資料となるのではないだろうか。

今回の‘5’では、揖斐川水系に視点が当てられている。その中味を目次から一部ひろってみると‥「もう一つの源流の谷 道谷とウソ峠」「揖斐川最源流で凍結されたダムの建設」「旧徳山村集落 塚と二条天皇」「門入、戸入集落とホハレ峠」「根尾東谷川の過疎と廃村」「五僧峠にたたずむ五僧集落」「夜叉ヶ池の潜水調査」「八草峠と戦国武将 島左近」「こつ然と消えた八草集落」などなど、本当に胸がワクワクしてしまう。私など、これらの字を見るだけでじっとしていられなくなる。このシリーズを読んだ翌日に何度岐阜の山奥に出かけたことか‥もう刺激されっぱなしなのである。

しかし残念なことにシリーズの1~3は既に絶版となっている。新聞社の出版は利益を目的とした出版ではないので損益分岐点の範囲の出版しかせず、再販もしないそうだ。つまり損益分岐点の出版部数の4000~5000部が売れてしまえばそれで終わりとなってしまうのである。また部数の関係で置かれる書店も限られており、岐阜県では「自由書房」だけで、名古屋は「丸善」、東京は「紀伊国屋」「アマゾン」あたりで直接の入手が可能という。この他、直接「岐阜新聞情報センター(出版室)/TEL058-264-1620)へ連絡して入手というのも可能だそうだ。

‘貴重’と思えるものに出合えることはなかなか無い。それだけに出合えた時の喜びは格別。人によって価値観は全く違うものであるが、ここで紹介させていただいたものは私にとっては大変貴重で価値あるもの。興味関心を持たれた方は、ぜひとも一読されることをおすすめする。





「源流をたずねて5」(著者:吉村朝之/発行:岐阜新聞社、発売:岐阜新聞情報センター)
※タイトル文字の‘5’は、正しくはローマ数字での表記なのですが、機種依存文字の為‘5’と表記させていただきました。

http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2007/11/18 13:56】 | その他 | page top↑
#91 新年のごあいさつ
~新年のごあいさつ~

みなさん、あけましておめでとうございます。旧年中は、たくさんの方に当サイトをご覧いただき、とても嬉しく思っています。また掲示板やメールなどで励ましの言葉をいただいたり、貴重な情報をいただいたりなど、本当にありがとうございました。スローペースな更新で、ヤキモキされることも多いかと思われますが、今年もよろしくお願いします。

昨年も滋賀県を中心に岐阜、福井、長野、石川、富山などのいろいろな地域の山村、廃村、林道、木造校舎などを訪れました。それぞれを訪れる道々や訪れた先々で、山や川、家屋や町並み、動物、植物、そして人など様々な出あいがありました。一年を振り返り、自分自身でも「たまに一言」を読み返してみたのですが、その時その時の出あいというのは、本当に大事なものだと改めて感じた次第です。出あいの中には、本当にその時のタイミングにしか出あえなかったものや、その時の条件でしか出あえなかったものなどが少なくありません。違う日や違う時間の訪問だったら全く違ったことになっただろうなぁ、などと思うこともしばしば‥。そしてやはり『そこへ行ってみる』ということの大事さを、何よりも感じます。

今年もいろいろな道を通り、いろいろな所に出かけて行きたいと思っています。そしてそこで出合った様々な風景を伝えていければと思っています。廃村や林道、木造校舎、茅葺家屋、美しい川、雄大な山、昔ながらの街並み‥等々、もしそれら情報をお持ちでしたら、教えていただけるととても嬉しく思います。またサイトで紹介もしくは紹介予定の廃村や木造校舎などのご出身の方がおられましたら、ぜひお話などをうかがいたく思っています。ご本人でも、お知り合いの方でもけっこうです、おられましたらご一報いただければ幸いです。

ということで年始の挨拶ということでしたが、それに加えて最後は厚かましくお願いまでしてしまいました。懲りずに今年もよろしくお願いいたします。

なお新年にあわせまして『掲示板』を新装してみました。ちっちゃなものであれば写真も貼れるようです。気楽に書き込みいただければと思いますので、またご覧ください。








http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2007/01/01 00:00】 | その他 | page top↑
#85 サイト公開2周年と新コーナー「写真帳」
~サイト公開2周年と新コーナー「写真帳」~

e-konの道をゆく」を公開して早くも2年が過ぎました。その間、多くの方に見に来ていただき、大変嬉しく思っております。またメール等で各地のいろんな情報を教えていただいたり、サイトへの感想などをいただいたりなど、たくさんの応援もいただきました。本当にありがとうございます。
さてこのたび開設2周年をむかえたのを機に、トップページをリニューアルいたしました。さらに、なかなか更新もままならない中にもかかわらず、無謀にもコーナーを増やすことも決心いたしました。無計画なことをするな!というお叱りを受けそうですが、今後とも応援の程よろしくお願いいたします。

ということで「e-konの写真帳」という新設コーナーです。これまでに訪れた様々な地の様々な風景の他、いろいろと気ままに気まぐれに撮った写真などを集めてみました。中にはもう姿を消して見ることのできなくなった貴重な?ものもあります。「ピントをはずしてるゾ!」「適正露出で撮影しろ!」「ゴーストが出てるじゃないか!」などなど深く追求しないで、のんびりとご覧いただければと思います。またご感想などいただけると嬉しく思いますので、よろしくお願いします。










http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2006/11/06 00:00】 | その他 | page top↑
#44 旧年のお礼と新年のご挨拶
~旧年のお礼と新年のご挨拶~

この1年間「e-konの道をゆく」をご覧いただきありがとうございました。
昨年11月の開設以来、多くの方に見ていただき、メールや掲示板で様々な貴重な情報やご感想、励ましのおことばなどをいただきました。いただいたものの一つ一つが、次への意欲とやる気のエネルギーに変わってゆき、今は感謝の気持ちでいっぱいです。

実際に廃村に住まわれていた方をご紹介いただいたり、お持ちになっている貴重な情報を教えて下さったり、また自ら情報を仕入れていただいたり・・などなど本当に多くの方に助けていただきました。今年はどのように展開していくのか、自分でもわからない部分がありますが、そのわからない部分を楽しみにして、がんばっていきたいと思っていますので、今年もよろしくお願いします。

2005年に訪れた主な林道や廃村、過疎集落などをざっとあげてみました。新年はどうなるのでしょうか。

長野県:「大平宿」「椚平」、「黒河内林道」「女沢林道」「町道高嶺線」「王城枝垂栗線」

岐阜県:「越波」「黒津」「大河原」「三尾谷」「野出」「万所」「今島」「納谷」「白岩」「仲越」「大多和」「跡津川」「佐古」「口有道」「奥有道」「神岡鉱山・栃祠」、「林道駄吉青屋線」「折越林道」「林道猫峠線」「御母衣周辺の林道」

滋賀県:「明幸」「武奈」「男鬼」「今畑」「向之倉」「妛原」「保月」「杉」「屏風」「仏生寺」「甲頭倉」「君ヶ畑」「落合」「桃原」「後谷」「中小屋」「土倉」「中河内」「小原」「田戸」「鷲見」「尾羽梨」「針川」「半明」「大萩」「途中谷」「天増川」「杉山」「小原谷」「笹ヶ谷」「椋川」「横谷」「熊ノ畑」「古屋」「小入谷」「生杉」「中牧」「平良」、「権現谷林道」「マキノ黒河林道」「中津又川林道」「林道起し又線」「林道鵜川村井線」「大彦谷林道」「滝谷武奈林道」・・

福井県:「菅谷」「茗荷」「温見」「熊河」
静岡県:「奥山林道・扇山林道」

下の写真の稜線の凹みは、杉坂峠です。この向こうにある『杉』や『保月』はどのような雪景色なのでしょうか。






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2005/12/29 00:00】 | その他 | page top↑
たまに一言#06
ようやく『保月』を公開することができました。
この『保月』は、町史には廃村という記載がされてはいるものの、実際は雪に覆われる冬季以外には住民の方の何人かは戻ってこられます。そのため、きれいに手入れされている家屋も何軒かあり、その風景を見る限り今まで見てきた廃村のイメージとは少し違っているように思います。
今回のレポートでは、多賀町立博物館で現在行なわれています「多賀の昔写真展」に展示中の何枚かの貴重な写真を使わせていただきました。多賀町立博物館ならびに写真を撮影された井原耕造氏には心より感謝いたします。なおこの企画展は3月27日まで開催されています。詳しくは下のURLのサイトをご覧ください。
http://www.biwa.ne.jp/~taga-mus/


http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2005/03/02 00:00】 | その他 | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。