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#28 わがふるさと、土倉鉱山
~わがふるさと、土倉鉱山~

山で勤務されていた。そして1991年発行の『湖国と文化』誌の「特集:地図から消えた村」では、土倉鉱山について執筆されている。当サイトの「滋賀県の廃村・廃坑」のコーナーで紹介している『土倉鉱山跡』でも、その時の氏の文書を引用させていただいているので、ぜひその項もご覧いただきたい。
また、鉱山の教養部に所属されていた氏は、土倉鉱山や当時の生活の様子を多数撮影されている。大変貴重な記録だ。私は以前から、氏の撮影された土倉鉱山の写真が好きで、是非とも見たい!と思っていたのだが、今回は写真だけではなくたくさんの貴重なお話もうかがうことができた。本当に貴重な時間であった。

この様子は『e-konの自由帳』で詳しく紹介させていただこうと思っている。公開に向けて現在、急ピッチ?で製作中です。

下の写真は白川雅一氏撮影によるものである。こちらを振り向いて笑顔で坑道に入坑する坑夫。40年以上も前の土倉鉱山の普通の光景である。






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2005/08/31 00:00】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#27 山村の夏
~山村の夏~

滋賀県の伊吹山近くのある山村を訪れた。そこにあった分校跡を撮影するためである。真夏の暑い日、しかも一番暑くなる昼過ぎ頃のせいか、その集落に人の姿はほとんど見えない。集落を歩いて見ても、分校跡はなかなか見つからない。そうしていると何か元気に騒ぐ声がきこえる。どうやら集落横を流れる川かららしい。見に行ってみると中高校生ぐらいの少年数人が川で遊んでいる。そしてそのうちの一人が、手に持っている何か細長いものを誇らしげに高々とさし上げたり、丸く輪にしたりしている。なんだろう?木の枝か?いいや違う、うなぎ?いいやちがうヘビだ。しかもヘビは哀れに皮が剥がれて肌色だ・・。

そういえば昔はヘビや蛙は友達だった。よく捕まえたり、遊んだり、時には皮を剥いだり・・。残酷なこともずいぶんとしてしまったものだ。でも少しずつ命の大切がわかってくる。そして大人になると、もうそんなことはできなくなった・・。
この日焼けした少年たちから、残酷さや陰湿さは微塵も感じられなかった。実に健康的に見えた。と同時に山奥の山村の夏に元気を与えてくれている。そんな気がした。

その後再び集落に戻り分校跡を探す。すると先ほどの少年たちのうちの2人が自転車で家に帰ってきた。そしてすぐまた家を出てゆく。その時に分校のことを聞いて見た。「あそこの電気の何か建物の下の坂道を上がった所にあります」と真っ黒に日焼けした少年が元気に答えてくれた。そして猛スピードで自転車で坂道を下り、再び川へと戻っていった。

久しぶりに見た、元気な山村の風景であった。






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2005/08/24 00:00】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#26 透明な青緑
~透明な青緑~

岐阜県の山奥、福井県との県境に近い所で見た川。透明な水が深みに集まりグリーンに変わってゆく。青緑の水と表現すると、よどんでアオミドロが多く発生したダム湖でもよく見ることができるが、その不透明な不気味さとは全く違う透明感ある青緑。エメラルドグリーンというとイメージしやすいのかもしれない。
美しい。澄んだ緑に輝くガラス細工・・というのとも少し違うのであるが、とにかく美しい。深さはけっこうあるようで、なれない者が美しさに魅せられて泳いだりしようものなら、溺れてしまうこと間違いなしだ。流れも速いのである。

この山奥で出合う車はほとんどなく、ごくたまに釣り客と思われる車とすれ違うだけだ。廃村と廃村を結ぶ狭路から見える、この美しい風景を私はしばしの間ひとりじめし満足気分を味わう。
人がめったに来るような所ではない、だから美しい。それって当たり前のようだが何だか悲しくも感じてしまう・・。






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2005/08/18 00:00】 | 自然・動植物 | page top↑
#25 過疎の村の住民
~過疎の村の住民~


滋賀県と福井県の県境の過疎の村『天増川』を訪れた。10年以上ぶりのことである。少し前に分校校舎が取り壊されたという新聞記事を読んだが、分校そのものはそれよりずっと前になくなってしまっている。
分校が消えてしまった地で子供の姿を見ることはほとんどない。子供がいなくなったから学校がなくなってしまったのか、学校がなくなってしまったから子供がいなくなってしまったのか・・どちらなのかといえば、それはやはり両方なのだろう。そして学校を失った地に、子供のいる世帯が再び戻ってくることはまずない。5年たち、10年たち、さらに高齢化が進んでゆき、やがて過疎の村は・・。

過疎の村の住民は人だけではない。犬がいる。そして猫がいる。ここで私は人より先に猫を見た。廃屋の前で実に気持ちよさそうに寝ている。近づいてゆくと顔を持ち上げ少し警戒の姿勢を見せるが、逃げることもなく私のカメラにおさまった。やがて警戒がとけると目を細めて、また眠りの中にはいってゆく。猫には過疎化も何も関係ない。のんきに眠る。人はそれを見てホッとする。「ここはもうお年寄りしかいいひんよ」とその猫の頭を撫でながらお話をしてくれたおばあちゃん。猫の次に出会ったのが、そのおばあちゃんだった。でもその後は誰とも出会うことはなかった。






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【2005/08/12 00:00】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#24 黄金色の茅葺家屋
~黄金色の茅葺家屋~

先の市町村合併で滋賀県から「村」はなくなってしまいました。長らくの間、滋賀県唯一の村としてがんばっていた、今は高島市と名を変えた旧「朽木村」ですが、先日その朽木村の山奥を久しぶりに訪れてみました。

山村の美しい風景につきものの茅葺家屋ですが、今では多くの茅葺家屋の屋根はトタンで覆われ、純粋に茅葺の美しさを見せてくれる家屋は少なくなってきています。この地域も例外ではなく、赤や黒、青や朱色など、様々な色のトタンに覆われた屋根の古民家が、緑の山々や青い空をバックに山村風景を彩っていました。そういう中で現れたある茅葺家屋、通常の茅葺屋根の濃い茶色とは違う、黄金色に輝くその家屋、古民家特有の堂々としたたたずまいに加えて、見慣れぬ色の輝きが私の目を強く惹きつけました。
近づいて見ると屋根に梯子がかかり、周囲には短く切られた茅が散らばっています。そして家屋の前には、腰を下ろして休憩している一人の男性が・・。うかがってみると、茅葺屋根の葺き替えをされているとのこと。その方は家のご主人ではなく、葺き替え工事の職人さんだったのです。黄金色に輝いていたのは、新しく葺かれた真新しい茅の部分だったのです。

合掌村のように観光地となっている所ならともかく、こうして人知れない山奥の家屋が新たに葺き替えられていることに、そして今でも未来に向けて茅葺屋根を残そうとされている方がおられることに驚きました。ちなみにこの職人さんは、遠く湖北の方から来られているとのこと。茅葺屋根の家が減ってきている中、それを扱える職人さんも少なくなってきているのでしょう。消えゆく日本古来の文化や伝統、技術、しかしそれを受け継ぎ残そうとしている人たちがいる。何か嬉しく感じる、そんな一瞬でした。






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【2005/08/05 00:00】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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