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#52 自由帳「ふるさと針川」公開
~自由帳「ふるさと針川」公開~


以前「たまに一言#38」でお知らせしておりました滋賀県伊香郡余呉町の廃村 『針川』にお住まいだった中谷幸子さんにお話をうかがっての「ふるさと針川」、ようやく公開の運びとなりました。その間約3ヶ月、ずいぶん制作に手間取ってしまいましたが、けっしてさぼっていたわけではなく、いろいろな資料を探したり調べているうちにいつのまにか・・という感じです(単なる言い訳??)。
お話の内容が大変興味深く濃い中身だっただけに、作業が遅く構成力の乏しい私にとってそれをまとめてゆくのは本当に苦労の連続でしたが、作っていて本当に楽しく感じられる作業でした。今までにない量になってしまっていますが、ぜひ最後まで読んでいただければと思います。

母親と幼い子どもたちのこの写真、中谷幸子さんの幼い頃に自宅玄関前で撮られた家族の写真です。写ってはいませんが手前にはカメラをかまえるお父さんの姿があるはずです。仕事も家事も何をするのも家族と一緒という生活の中での子どもたちの明るくあどけない笑顔、家族の絆、そして時代を感じる本当に素晴らしい写真です。

「あの時代は良かったなぁ・・」など言うつもりはありませんが、「あの時代を考えながら今を、そしてこれからの時代を考える」ということはこういう世の中だからこそ大事なことのように思います。


http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2006/02/24 00:00】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#51 集落の中の美しい木造校舎
~集落の中の美しい木造校舎~

ここのところこのコーナーで廃校・木造校舎のことを書いているが、もう一つ書いてみたい。

滋賀県の蒲生郡日野町につい数年前まで存在していた「鎌掛(かいがけ)小学校」。集落の中に静かにたたずむ、とても美しい木造校舎だ。残念ながら児童数減少のため、5年前の平成13年3月をもって閉校となっている。この鎌掛小学校も100年以上の歴史を持つ伝統ある学校だったが、滋賀県ではこの他にも歴史伝統のある学校の休校・廃校が目立つ。歴史あるものが次々と消えてゆくのが、私などには何とも切なく感じてしまう。

学校を失った集落の子どもたちは、当然他の学校に通うこととなる。これまで歩いて通っていたのがバスなどを利用することになる。しかし、それまで少なかったクラスの生徒は増えて賑やかになる。きっと友達も増えることだろう。刺激も多くなるはずだ。子どもの成長を考えると、そのことは大きなプラス面かもしれない。そう考えると切なく感傷的になるのは、私が部外者ゆえのことなのか・・。
ただ地域から学校がなくなることで、過疎化は間違いなく進んでゆくことだろう。5年後、10年後そしてその先はどうなっていくのだろうか・・。

現在この「旧鎌掛小学校」はNPO法人の蒲生野考現倶楽部が町より借り受け「しゃくなげ学校」として第二の人生を歩んでいる。廃校より5年が過ぎても、美しく保たれているのはこういう理由があるからだ。
以前にこのコーナーで紹介した、昨年3月に閉校となった伊香郡余呉町の「丹生小学校」。あの美しい木造校舎も鎌掛小学校のように、なんとか第二の人生を歩んでほしいと願うのは私だけではあるまい。








http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2006/02/11 00:00】 | 木造校舎・廃校 | page top↑
#50 灯台もと暗し
~灯台もと暗し~

私は木造校舎が大好きで、滋賀県だけではなく岐阜県や福井県、そして長野県あたりまで見に行くことがある。無精な性格ゆえか、綿密に調べて行くのではなく、けっこう行き当たりばったり的に行くことも多いのだが・・。それでも好きなことには変わりなく、その歴史を感じる佇まいを見ると何ともいえない感動を覚える。

子供は未来へのエネルギーである。学校の存在はその地域の未来のエネルギーの象徴だ。その学校が廃校となることは、ある意味その地域は大きなエネルギーを失いつつあるとも言える。

かつてのエネルギーの象徴だった廃校・木造校舎をあちこち遠方まで探しに行ってる最中、思いもかけずそれに出合うことができた。それも私がいつも通っている通勤途中にあったのだ。前に建物があるため車道からは見えない。実は、その前の建物は前から気になっていた。建物は新しいが、その形はどう見ても昔の小学校のよう・・。そしてよく見ると石の門柱跡らしきものもある。そしてある休日にそこへ行ってみた。
「あ!金次郎!」
ここにもいました。二宮金次郎像。とても可愛らしく美しいセメント作りの金次郎像が中庭にあった。そしてそこは紛れもなく学校跡だった。裏には立派な木造の体育館か講堂跡らしき建物が残っており、それは今でも修繕されて大事に使われている。とても美しかった。

使われなくなって朽ち果てるのを待つだけの木造校舎は何とも切ない。だが地元の人たちに大事にされ、今なお使われているかつての木造校舎を見ると本当に嬉しくなる。そこに温かな愛情を感じるからだ。

あちこち遠方まで出かけて探していた木造校舎が、毎日通る通勤途中にあった。
「灯台もと暗し」とはこのことなんだなぁ・・。








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【2006/02/03 00:00】 | 木造校舎・廃校 | page top↑
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