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#62 廃村の住人
~廃村の住人~

先日、とある廃村を訪れた時のこと。この日は私にしては珍しく早起きして出かけた。8時過ぎに着いた廃村の風景は朝の風景。風が涼しく、光もやわらかい。いつものように写真を撮りながら場所を移動する。するとどこからか声が聞こえてくる。
「コロロロロ・・・、コロコロ・・」
こういう自然がいっぱいの場所なので、獣や鳥、虫などの声が聞こえるのは不思議なことではない。しかしこの時聞いた声はあまり聞きなれない「コロロロ・・」だった。しかも数が多い。カエルだろうということはすぐにわかった。しかし普段聞くのとは少し違うカエルの声。声の聞こえる方へ行ってみると、パチャパチャと水の音も聞こえる。それもけっこうひっきりなしに聞こえてくる。
「あの水溜めだ。」
その声の主は、近くに見える水溜めにいるらしい。近づいて見てみる。
「おお・・!」思わず声が出る。そこには数多くのカエルたちが集まり産卵の真っ最中。それぞれのカップルが求愛しあっている。そしてその多くがモリアオガエル。卵を産みつけるための特有の泡状の塊もいくつか見える。このモリアオガエルの泡を見るのは初めてではないが、モリアオガエルそのものをじっくりと自然の中で見るのは初めてだった。雌カエルの上に雄が乗っている。中にはその雄を払いのけようと数匹の雄が群がり寄る。

この村が廃村になって久しい。人が住んでいた当時もこのような光景が見られたのだろうか。それとも人が去って無人となった後に、この場所を産卵場とするようになったのか。まあ、それはどちらでもよいこと。いずれにしても彼らが、人がいなくなった後の村の住人(人ではないが)であることには間違いない。

何か思いがけずほのぼのとした廃村の朝を味わうことができた。そしてこの可愛い住人たちに感謝、感謝である。








http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2006/05/27 00:00】 | 自然・動植物 | page top↑
#61 また一つ崩れた茅葺き家屋
~また一つ崩れた茅葺き家屋~

2年半程前の紅葉の季節に、峠越えのとある美しい山村を訪れた。あいにくの天気であったのだが、それでもその過疎の村は何とも美しい彩りで私を迎えてくれた。人の姿はほとんど見られない。廃屋も多い。そうした中で特に目を引く一軒の茅葺き家屋。もう人は住んでいそうにない。屋根は苔むして緑色に変わり、いつ崩れても不思議でない感じ。しかし、まわりの風景と完全に同化して自然の一部となっているその風景、何とも言えず堂々として美しかった。また、そこだけ時間の流れが他とちがうような、そんな感じもした。

あの茅葺き家屋はどうなったのだろう、そんな思いをずっと抱きつつ過ぎた2年半、ようやくこの5月に訪問が実現した。
しかしそこで見た風景は厳しいものだった。建てられておそらく百年以上、しかも主を失って久しいその老家屋にはもう厳しい冬を越す力は残されていなかった。屋根は崩れ落ち、わずかに残された苔むした茅部にかつての面影を残すだけ。この冬の大雪で崩れたのか、その前に崩れたのかはわからない。遅かれ早かれ崩れる運命にあった老家屋に、感傷的な想いを持つことは滑稽なことかもしれない。しかし、何とも切なくなってしまったのは、私の中で紛れも無い事実。

ふと顔を上げ視線を横にやると、春の日差しによる木々の影が、そんなに広くない道に投げかける美しいコントラスト。さらに見上げると木々のみずみずしい緑と青い空、涼しく心地よい風。それらは切なさで一杯になった私をわずかに癒してくれた。
しかしすぐに「この集落自体、いつまで村としての美しい姿を保っていられるのだろう」という思いが浮かぶ・・。

今は春、もうすぐ梅雨。そしてそれが過ぎたらこの山間の小さな集落にも、虫の声のにぎやかな暑い夏がやってくるはず。








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【2006/05/20 00:00】 | 福井県山村・廃村・自然 | page top↑
#60 廃校『上根来小学校』の春
~廃校『上根来小学校』の春~

前回に続いて廃校での話題を一つ。これもゴールデンウィーク中に訪れた時のことである。

久しぶりに滋賀県と福井県の県境にある小入峠を訪れた。今となっては貴重な、滋賀県の未舗装林道の県境峠。その峠を越えて福井県側に下った所に『上根来(かみねごり)』という美しい過疎集落がある。そしてそこからさらに少し下った所にある『上根来小学校』。学校といっても通う子どもたちはもういない。すでに廃校となって久しい木造校舎、それでも美しい姿を保っているのは「山の家」として第二の人生を歩んでいるからである。

山間の狭路から見える木造平屋の小さな美しい校舎と木々の緑とがマッチした風景はさみしく、そして美しい。小さな校庭にあるもみじの木。前回の訪問時には燃えるような赤で驚かせてくれたこの木も、今回は緑。しかしそれもまた美しい。時折通る車の音以外に聞こえるのは鳥のさえずりだけ、という心地よい静寂の中で、私は廃校の春をしばし味わう。
ふと見ると緑の葉の中に揺れる赤いものと青いもの。何だろう?鯉のぼり??近づいて見てみると、とても小さく可愛らしい鯉のぼりが風に揺れる緑の葉と共に泳いでいる。そういえば今日はこどもの日かぁ・・。

誰につけられたのか二匹の鯉。春の廃校の風景にやけに似合っている。かつては子どもたちのにぎやかな声で春を迎えたであろうこの校舎に、今は静寂の中で可愛らしい二匹の鯉が泳ぐ。とかくさみしさだけが強調されそうな廃校の風景であるが、二匹の小さな鯉が私の中のさみしさをあたたかさに変えてくれた。改めて春を感じた廃校の春・・であった。








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【2006/05/13 00:00】 | 木造校舎・廃校 | page top↑
#59 廃校『椿分校』の花壇
~廃校『椿分校』の花壇~

晴天に恵まれた今年のゴールデンウィーク。幸いいくつかの廃村や廃校、林道などを訪れることができた。その中での感動を一つ。

岐阜県の『椿』という廃村を訪れた。かなりの規模の集落だったようであるが、今は当時の家屋はほとんど残っていない。しかしこの集落では、今でも元の住民の方が帰って来ておられるようで、多くの人の温かさを感じることができる。中でも驚いたのが、村のほぼ中央に位置する分校跡だ。
分校跡といっても建物はなく、残っているのは建物の基礎、そして錆び付き近い将来崩れてしまうであろうジャングルジムやブランコ、鉄棒そして既に崩れている金網ぐらいである。しかしこの分校跡に暗さは感じられない。なぜかというとそれは学校前にある花壇の存在である。
村から人が去り、家屋も消えた。当然それに伴い学校もなくなった。そうなってから既に何十年もの月日。普通であれば持ち主の消えた花壇など、とうに荒れ果て自然にかえっているはずだ。しかしこの学校の花壇はチューリップが並んで植えられ、菜の花とともに今でも美しい花を咲かせている。廃村であっても、お墓やお地蔵様などがいつまでもきれいに手入れされ、花が供えられているのは別に珍しい光景ではない。しかし廃村の廃校跡に今なお花壇が残り、きれいに手入れされて花を咲かせているのを見たのは初めてである。

どなたが手入れされているのはわからないが、きっとこの学校の出身の方だろう。幼い頃ここで同じように花壇の手入れをされていたのかもしれない。それから何十年の年月が流れた。その間に村も人も学校も消えた。それでもかつての学びの場に足を運び続け、そして花を咲かせる。
何ともあたたかい愛情。私の中の廃村の切なさを見事に吹き飛ばしてくれた。










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【2006/05/07 00:00】 | 岐阜県山村・廃村・自然 | page top↑
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