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#75 峠をまもる一軒家
~峠をまもる一軒家~

そこは別世界だった。そこだけが時間が止まっているような、そんな気がした。見たこと無いはずだが、この風景、どこかの古本の小さな白黒写真で見たような、そんな感じがする、そんな「峠の風景」であった。

以前何かの古い本で、この峠には一軒家が残っていて今でも人が住んでいる、ということを見た記憶がある。でもそれもだいぶ前のこと。それからかなりの年数が経っているので、気になっていながらも「もう人も家もないのだろう」と思っていた。
しかし最近その峠近くの集落を訪れた時に、地元の方から「まだ一軒茅葺のお宅がありますよ。住んでいる方もおられますよ」とうかがい、非常に驚いた。そして早速訪れてみた。

林道に車を停めるとその峠の一軒家の屋根が見えた。今でこそすぐ下にまで林道ができて楽に行けるようになったが、以前は険しい山道で、冬になると豪雪が襲う難所であったという。歴史も古く、多くの有名な歴史上の人物がこの峠を越えている。また地理的に見ても大変重要な交通の要衝であったようで、大きな合戦の舞台などにもその名を残している。
おそらくこの峠の老家屋、その時代から何百年も峠の茶屋としてこの地を見守ってきたのだろう。本当にタイムスリップしたような、そんな感じがする風景。そこだけをみれば昭和はもちろん、もっと前の時代にいるような気さえする。
この時、ご主人は山仕事でおられないようで、2匹の犬が迎えてくれた。草の生えた茅葺屋根が美しい。建物はまさに時代を感じさせてくれる。何百年と生きてきた、そんな美しさを醸し出しているのだ。それらに見とれているうちに、いつの間にか犬がもう1匹。最初は見知らぬ訪問者を威嚇して吼え続けていた犬たちも、やがて落ちついて目を細めて眠りに着く。

たった一軒で峠をまもる。豪雪に見舞われる冬も、たった一軒で残り続ける。しかも不便極まりない所。これまで多くの廃村、過疎集落を見てきたが、こんなのは初めてである。峠の茶屋として何百年も通行人の心を癒し続けてきた、そして峠で起こった多くの悲哀のドラマを先祖代々に渡って見守り続けてきた、そういう者としての時間を越えた誇りがそうさせるのか・・。

生ぬるい生活に浸りきった私のような者には到底理解できないような誇りと信念、そして時間を越えた美しさを感じさせてくれる、そんな峠の風景を私はこの夏、味わうことができた。






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2006/08/27 00:00】 | 福井県山村・廃村・自然 | page top↑
#74 村をまもる
~村をまもる~

2年ぶりに廃村『茨川』を訪れた。鈴鹿の山奥深く茶屋川上流に位置し、その昔は銀が採れて大いににぎわった頃もあったという。ながらく陸の孤島と呼ばれ、念願の林道が通ったことが皮肉にも廃村への道をたどることに加速をつけてしまったというこの村、結局最後まで電気が通ることはなかった。多くの書籍やWEBサイトなどで取り上げられているのも、その数奇な運命からなのかもしれない。

前回訪れた2年前、集落の対岸にある神社が工事中だった。木製の鳥居は朽ち、苔むして今にも倒れそう。人のいない村、おそらくそのまま倒れ自然にかえるものだと思っていた。かつての分校や廃屋が現在は山小屋として利用されているものの、この村に住む人はもういないのだ。廃村となってから40年も過ぎている。その村の神社が新しく工事されている。そのことが本当に不思議に思えた。

改めて新しくなった神社を訪れた。鳥居が新しくなっている。石段もしっかりと整備されている。鳥居をくぐり石段を登ると、懐かしい二頭の狛犬。ここをまもっていったい何年が過ぎたのか、この狛犬たち。かつては村人が毎日訪れ、「いつもごくろうさん」と彼らの周りをきれいにしていたことだろう。しかし今はその村人たちもこの村を離れ、この地には登山者や茶屋川の清流に涼を求める人たちが時折訪れるだけ。
奥の祠を見る。これも新しくされている。御神体は移されているのか扉は閉められているが、その前はきれいに整頓され、上には真新しいしめ縄。きちんと手入れされていることが一目でわかる。廃村となって40年・・茨川の人たちの故郷への思いの強さがうかがわれる次第だ。ここで生まれ育った人たちは、今なお思い出深いこの地に通い、昔のままに祠を手入れし神に感謝する。生まれ育った家はとうに崩れ、その残骸の大部分が自然にかえりつつあっても、それが変わることは無いのである。

神社、狛犬は故郷の象徴。その「故郷」をいつまでも大切にするかつての茨川の人たち。そして2頭の狛犬は、故郷を大切にするそれら人々の心に応えるべく、じっとこの村をまもる。昔も今も変わりなく、そしてこの先も・・。

村をまもる2頭の狛犬、狛犬をまもる村人の思い。苔むした狛犬たちは、この先もここを訪れる人たちに『茨川』を語ってくれることだろう。








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【2006/08/20 00:00】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#73 林道で見た毒の蝶
~林道で見た毒の蝶~

石川県に訪れ、そこからから福井、滋賀と一般道を使って帰る途中、手取川ダム近くでかつて集落があったと思われる「赤谷(あかだん)」という所を訪ねてみた。古い地図には集落の印がついており、以前から気になっていた所だ。ダム湖横を走る道路の赤谷橋手前から林道が延びているので、早速入ってみた。

未舗装のその林道は浅い谷に沿って走ってゆく。道幅は滋賀の林道に比べると幅広くゆったりしている。林道赤谷線と名がついているように川底の石は赤く、水も濁ると赤っぽくなる。「赤谷」という名はそこからきたのだろうか、など考え車を走らせる。やがて集落跡と思われる場所に着いた。予想はしていたがもう何も残っていない。電柱などを見かけることもなかったので、完全に整地されてしまったのかもしれない。そこに着くまでに何軒か小屋のようなものを見かけたが、元の住民の関係の方のものなのか。

林道は更に奥まで続いているようなので、行けるとこまで行ってみようと車を走らせる。やがて川とも別れを告げどんどん標高を上げてゆく。道は踏まれているので車はけっこう通っているようだ。峠の少し手前でユラリユラリ飛ぶ何匹かの蝶を見つけた。うす水色でとても美しい。帰宅後調べてみると「マダラチョウ」の仲間ということがわかったが、何とこの蝶、幼虫にも成虫にも毒があるという。美しい外観からは想像がつかない。食べるとその被害に遭うようであるが、まあ私は食べることはないので安心・・。

この林道は標高を上げて白木峠で分岐し、一方は土砂崩れで通行不能、もう一方は現在延長工事中となっていた。道が踏み固められていたのは工事車両が通るからであろう。未舗装のままなのか舗装されるのかはわからないが、峠までの12kmの道のりは変化があって飽きることはない。景観も美しく、また訪れたい林道の一つとなった。








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【2006/08/13 00:00】 | 林道 | page top↑
#72 同じなのに違った風景
~同じなのに違った風景~

真夏の日差しが強く照るある日、前回の更新で公開したばかりの「小入谷(おにゅうだに)林道」を訪れた。なぜかといえば、峠からの海の景色を急に見たくなったからだ。

夏の暑い時期ということもあり、林道からの風景はモヤがかかっている。それでもその風景は美しく、標高を上げる程に美しさは増してくる。連なる山々の間を縫うようにして走る林道と、遥か下に見える集落。ともに少し前に通ってきた所。
春に訪れた前回とはまた違った、何か力強い美しさを見せてくれる山の風景。四季折々の味を見せてくれるこの林道に感謝し、素直に景色を味わう。ビューポイントで車を停める。いつもとは違い少し小高い所まで登ってみた。下は崖。高所恐怖症の人には進められない。「違う!」わずかに視点が高くなっただけなのに、風景の印象が大きく違って見える。前回の訪問では先を急ぎ、余裕無く過ぎてしまった風景がこんなに美しいとは思ってもみなかった。

そして着いた小入峠。ここでもいつもとは違った角度で峠からの風景を味わうことにした。峠の碑の裏の小高い山を少し登る。わずかに視点を高くしただけで峠全体が見渡せ、改めてここが峠であることを感じさせてくれる。上から峠を見たのは初めてで、とても新鮮。真夏の暑い日であるにかかわらず、吹く風がやけに涼しく頬を撫でてゆく。最高の空間で最高の時間をすごしたことで、峠からの海の風景のことは私の中からはとんでしまっていた。

いったい何時間ここにいたのだろう。本当はもっともっとここにいたかったのだが、そうもいかない。この時ここですごした最高の空間と時間は、私の中で忘れることの無い映像となり、この先もずっと脳裏に残ることは間違いない。








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【2006/08/07 00:00】 | 林道 | page top↑
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