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#79 美しい余呉の町と核最終処分場
~美しい余呉の町と核最終処分場~

本当に驚いた。滋賀県在住の方であれば、もうご存じの方も多いと思う。余呉町が‘核最終処分場’を誘致しようとしているという話だ。使用済み核燃料から発生する高レベル放射性廃棄物の最終処分場を、余呉町の「人里離れた山中」に設置しようというのである。
人口約4000人で、しかもそのうち三分の一近くが高齢者という余呉町、このサイトでも『廃村コーナー(針川、尾羽梨、鷲見、奥川並・・)』や『たまに一言(丹生小学校)』などでたびたび取り上げている、とても美しい山多き地だ。しかし一方では極めて深刻な財政難を抱え、このままでは間違いなく町の財政は破綻するという状況にある。処理場誘致は、光の見えない町の先行きを考えての苦肉の策ということか。
県としては、近畿圏の重要な水源である琵琶湖を保有する地として余りに危険と判断し反対しているそうであるが、それでも町長は誘致先公募に応募する意向だという。町を維持して行くにはこれしかないという、苦悩の結果の判断なのだろう。

この高レベル放射性廃棄物、9月21日付けの中日新聞HPの滋賀版の記事によると
『原子力発電の使用済み核燃料再処理で、ウランとプルトニウムを取り出した後に残る極めて放射性の強い廃液。ガラスとともに高温で溶かし、ステンレス容器に入れて約500キロの「ガラス固化体」として処分する。青森県六ケ所村の施設で30-50年間、冷却のため貯蔵、その後に地下300メートルより深い地層に埋めるとされている。処分地選定は核燃料サイクルを実現する上で最大の懸案となっている。』
(※「中日新聞ホームページ」より引用)
とある。これだけを見ても高レベル放射性廃棄物が極めて危険ということがよくわかる。

現在全国で、処分場設置に応募意向を示している地がいくつかあるようだが、いずれもまだ正式な応募には至っていない状況だ。そんな中、町長は「(処分場は)国民的課題であり、国の役に立ちたい」と述べる。たしかにどこかが受け入れなくてはならないものなのだろうが、今回はそれよりも何よりも、町存続の切羽詰った追い詰められた状態での判断であるということが何ともやるせない。町の財政が恵まれているのであれば間違いなく応募することはなかったはず・・。

第一次調査の文献調査は市町村単位で応募でき、それだけでもかなりの交付金がもらえるということを考えると、県が如何に反対しようとこのまま‘応募’ということになるのかもしれない。こういう選択をしなければ、目立った産業のない過疎の地は生き残ってゆくことができなくなっている現実・・。詳しいことや難しいことはわからないが、何か大きく間違った方向に進んでいるような気がしてならない。処理場誘致や原発の是非、無用で垂れ流し状態の電力消費などももちろんだが、美しい山に囲まれた過疎の地が普通では生き残れなくなっている現実にどのような未来があるのだろう、など考えてしまう。

※参考資料「中日新聞ホームページ:地域の記事・滋賀/9月21日」








http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2006/09/24 00:00】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#78 ‘出作り’山の民
~‘出作り’山の民~

山の民ということばに、大変惹かれるものを感じる。山という大変厳しい自然の中で、より自然に近い形で生きている・・今の自分では到底できそうにないことを日常生活として普通にやっていた、そういうことへの憧れや尊敬の念などを感じているのかもしれない。うまくは説明できないのだが・・。

みなさんは‘山の民’ということばから、どういうことを連想されるだろう。猟師、マタギ、きこり、杣人、木地師、山窩・・。今回『林道赤谷線』を制作していて、これらとは違う山の民のことを思い出した。‘出作り’を営む人たちのことである。全国のいくつかの地域で、この出作りは行なわれていた(いる?)という。ずっと以前にこれに関しての書籍を購入しておきながら、それについてはほとんど忘却の彼方で、今回これをきっかけに記憶がよみがえり再確認した次第だ。詳しくは今回アップした『林道赤谷線』の項を読んでいただければと思う。

この『林道赤谷線』製作中に出作りのことをもっと知りたくなり、石川県白山市の旧白峰村にある「石川県立白山ろく民俗資料館」を訪れた。ここには出作りに関する資料が展示されており大変参考になった。何よりも実際の出作りの地の家屋を移築し、当時の様子が再現されているのが私にとっては何よりも貴重だった。また館の方がこちらの稚拙な質問について、大変丁寧に答えてくださったのも大変ありがたく感じた。出作り農家だけではなく、この地方の古い家屋が移築・展示されており一見の価値ありである。興味関心のある方は一度ぜひ訪れてみることをお薦めする。

下の写真はいずれも「石川県立白山ろく民族資料館」に移築再現されている‘出作り’の地の家屋である。








http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2006/09/18 00:00】 | その他山村・廃村・自然 | page top↑
#77 谷にあった保育園
~谷にあった保育園~

荒れた雑草の中に見える、鎖から下の台座の無い錆びたブランコ。奥には梯子部だけが残る滑り台。
この草に覆われた細長い小さな空き地、ここは、かつて保育園だった所だ。谷間の山村の小さな保育園。在りし頃には、幼い子どもたちと保母さんたちのにぎやかな声が、清流の谷間に元気にこだましていたことだろう。
ここから少し奥へ行った所には小学校の分校もあったが、数年前に取り壊され今はもう何も残っていない。また更に奥の最奥の集落にも分校があったが、もちろんここも今は何もなく、ただ分校跡の碑がひっそりと残るだけ。

村から学校が消え、保育園も消え、この地から子どもは消えた。近くの鉱山で働く屈強な工夫たちが行きかい、バスが走り、登山客や風穴見学の客が奥の旅館へ訪れていたのは、今からもうずっと昔の話。今聞こえるのは、清流の流れの音と時折通る車の音だけ。その静けさから、かつての活気あった谷の風景を想像することはどうしてもできない。そう思っていると、涼を求めて川遊びにやってきている若い人たちのグループのにぎやかな声が聞こえてきた。何かそれにホッとする。

保育園の裏の木は、まだ紅葉には早いのに赤く色づいたように見える。屋根の赤い色が反射しているのだ。しかしそれが妙に寂しく切なく映るのは、やはりこの地の集落がダム建設のため立ち退きとなるということを思うからなのか・・。
今は子どものいなくなった保育園だが、一人のお年寄りがそれをしっかりと見守り続けている。建物の損傷が激しくなっているが、それでもその地を離れずしっかりと守り続けているのである。

ダム建設計画が当初の予定通りゆくのであれば、あと2年でこの集落の建物は全てなくなり、静かなこの地に大型ダンプが行き交うこととなる。子どもが消え、人が消えゆくこの谷に、ダム建設により歴史を閉じようとする村が、今一つある。








http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2006/09/11 00:00】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#76 見ておきたい、残しておきたい
~見ておきたい、残しておきたい~

まだまだ日中は厳しい暑さが残るものの、夜や朝は涼しさで部屋の窓を閉めるようになった。今年の夏は終わったのである。季節は、もう秋だ。

この夏もいくつかの林道や廃村、過疎の村を訪れ写真におさめることができた。なかなかサイトのアップは進まない状況なのだが、行く所はしっかりと行ってる、そんな感じがする。行ける時に行っておかないと必ず後悔することになる、というのが私の中には強くある。林道にせよ、過疎の村・廃村にせよ、来年同じ姿を見せてくれるとは限らない。林道であれば舗装されてしまうかもしれないし、山崩や自然災害などで長期通行止めになったりするかもしれない。いつのまにかしっかりとしたゲートができてしまっていた、などということも少なくない。
過疎の村や廃村などに至っては、冬を迎えるたびに豪雪で家屋が倒壊したりしてその姿を変えてしまったり、極端な例で言えばダムに沈んで翌年にはもうその姿が見れなくなってしまう・・・などといったこともあるのである。
これまでに「いつでも見に来れる」という思いを持ったがために、二度とその姿が見れなくなったりして、後で思いっきり後悔することになったということが多々ある。そうならないように、できる限り「見ておきたい、残しておきたい」と考えているのだ。

写真は、この夏訪れた林道の一つで、林道好きの間では有名な福井県の若狭幹線林道である。海の見える林道として雑誌やサイトでもよく紹介されるこの林道、行こう行こうと思っていて未だ訪れていなかった林道の一つなのだが、ようやく訪れることができた。幸い道は未舗装のままで、思わずホッと胸をなでおろし後悔する事態になっていなかったことを喜ぶ。山の緑、空の青、土の色、石の色、そして海の青・・やはり美しい。最低必要なもの以外より自然に近いものにしておいてほしい、などと自分勝手に考えてしまうのである。

滋賀県では距離のある未舗装林道は、今や数えるほどになってしまっている。残る未舗装林道も次の夏には、その次の夏には・・など考えると何とも言えないさみしさを感じてしまう。夏の終わりのさみしさとともに、そういうさみしさも少し感じたりして、今年の夏も終わっていった・・のである。








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【2006/09/03 00:00】 | 林道 | page top↑
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