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#99 廃村帰りの峠の風景
~廃村帰りの峠の風景~

ある廃村を訪れた。それは峠を越えると程なくして現れる。その昔、台風による土砂災害で集落が壊滅的なダメージを受け、それを機に村を廃村として集団移転を決意したという所である。

今では、快適とまでは言えないもののきちんとした道が着いており、国道からも30分もかからずに行けるので廃村にありがちな‘山奥’というイメージはあまり感じられない。また、廃村跡に新たに人々の生活施設などもでき、人の気配もずっと感じることができるので、廃村独特の寂しい雰囲気もさほど無い。

この時期の廃村訪問は夏場とは違って遮る雑草が少ないために、普段見ることができないものが見れたり、歩くことができない所に行けたりなどで新しい発見がけっこうある。そういえば以前『尾羽梨』の分校跡のグランドで錆びたブランコを見つけたのも、冬場の時期だった。この日の新たな発見は・・御神木だろうか。夏場は高く伸びた雑草で一部しか確認できなかったのだが、この日は完全に姿を現しており、後ろに回ったりしていろいろな角度から見ることができた。その老木は根の部分がとても複雑で、パッと見ると何本かの木が集まって一本の木になっているように見える。この形の不思議さや樹齢年数の高さ、それらが人々から崇められたのだろうか。あるいはこの村が消える大きな要因となった土砂災害とも何か関係しているのだろうか、それはわからない。しかしこの御神木を含めて、今なおこの地がかつての住民に大事にされていることは、集落内の神社がきれいに手入れされていることからもよくわかる。

この冬は暖かいとはいえ吹く風は大変冷たく、撮影にまわっていた私の体は芯から冷え切ってしまった。撮影を終え車に戻ってヒーターをガンガンにきかせても、なかなか体が温まらない。さらに例年より早い花粉症が強烈に襲い、鼻や目が最高に不快となってくる。早く帰宅し風呂にでも入って体を温めたい、など考え急いで帰路につく。

しかし車が峠にさしかかった時、思わず車を停める。そして慌てて外に出た。そこから見える風景が一瞬にして私を魅了したのだった。夕焼けというには赤味が足りないその黄色い夕陽、峠から見える下界がその夕陽を反射させるかのように輝やいて見える。そして家屋の窓だろうか、それが散りばめられたガラス片のようにきらきら光っている。冷えきった体の寒さはあっという間に吹っ飛び、不思議なことに鼻水も止る。そして上着も着ないでひたすら撮影に入る。

その時のタイミングでしか見れない美しい風景。そういうタイミングにたまたまめぐり合わせた時、それは私にとって至福の一瞬で心癒される一時となる。たとえその代償として、後でより強烈なくしゃみと鼻水に襲われることになったとしても・・である。









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2007/02/25 00:00】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#98 廃校の桜
~廃校の桜~

久しぶりに『カノン』というドラマのビデオを見た。手塚治虫さんの漫画をドラマ化したもので、だいぶ前に手塚治虫劇場という特番で放映されたものだ。原作とはかなり変えられているが、私はドラマの『カノン』の方が好きで、今でもよく見ている。緒方拳さん、谷啓さんが実に素晴らしい演技をしており、本当に感動ものである。そしてこのドラマは大変美しい木造校舎が舞台となっており、私の木造校舎訪問の原点ともなっているのである。

そのドラマを見たら無性に木造校舎が見たくなり、早速その翌日、ある木造校舎を訪れた。その木造校舎は何となく『カノン』に出てくる木造校舎と建物の雰囲気が似ている。かつては分校として子どもたちの学びの場であったが、すでに廃校となって久しく、もう子どもたちの元気な声が聞こえることは無い。それでもこの校舎、小さな山村ではとても大事にされているようで、今でも非常に美しく保たれている。久しぶりに訪れたこの木造校舎、道を隔てた空き地に何やら工事車両が数台とまっている。一瞬悪い予感がした。「まさか、取り壊し!?」しかしよく見ると、工事は校舎裏に何かのアンテナを建てる工事で、おそれていた取り壊し工事ではなかった。ホッとする。

早速写真を撮る。久しぶりに見るこの校舎、以前と変わらずとても美しい。校舎の外壁の様子や形が、やはりあの『カノン』の木造校舎と似ている。黙々と撮影を続ける。以前の訪問では気にもとめなかったのだが、小さな校庭には桜の木が植えられている。ずっと昔の入学式の頃には、桜の花を見ながら小さな可愛らしい新入生たちが親に手をひかれ、笑顔でこの桜の木の下を歩いたことだろう。そして桜の下の石段あたりには門柱もあったはず。しかし今はもうその姿を見ることはできず、桜と石段のみが残る。

どこからかチャイムが聞こえてきた。お昼のチャイムだ。この校舎からもう鳴るはずはない。きっと山の下の学校からだろう。しかしやけに大きく聞こえるなぁ・・やっぱりこの村からかなぁ、など考えながらもひたすら撮影を続ける。するとしばらくして遠くから「桜の咲く時やったらええのに・・」という声がかすかに聞こえてきた。校舎横でお昼の弁当を食べ始めた工事のオッチャンたちの会話の声だ。どうやらずっと写真撮影をしている私に向けられたことばのようである。冬の寒々とした中、しゃがみこんだり、はいつくばったりして山奥の古い建物の写真をひたすら撮り続ける姿が奇異に映ったのだろう。「桜の花かぁ・・、それよりもこの古ぼけた校舎の方ががきれいだから」と心の中でことばを返す。

しかしこのことばとともに、桜の花が咲くこの老いた校舎の風景をイメージしてみた。すると・・「!!」

心の中で先ほどの自分のことばをあわてて訂正する。桜の咲き誇った時のこの小さな木造校舎、それは実に美しい光景。山村の春、美しく咲く桜の木の向こうに見える古き木造校舎。村の人たちに今なお大事にされているこの木造校舎とそれを彩る桜の花、これはもう最高の春の風景!最高の山村の風景!だ。そして私の中で、その風景が鮮明に映像となる。

帰りの車中でも、その時のことをしばし振り返る。あの工事のオッチャンたちはきっと地元の出身で、春のあの校舎の風景を今まで何度も見ていたのではなかったか・・。ひょっとしてあの学校の出身だったのかも・・などなど勝手に想像する。そうすると「話をきいてみたらよかったなぁ・・」などと少し後悔。

きっとここの村の人たちは毎年、春の美しい風景を見ているはず。もう何十回と見てるはず。厳しい冬の後だけに、よけいに温かさを感じる風景。それを思うと、私の中の山村への思いはますますつのってゆくのである。








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【2007/02/18 00:00】 | 木造校舎・廃校 | page top↑
#97 海と山を同時に味わう
~海と山を同時に味わう~

平日のある日、気まぐれに出かけてみた。行き先は福井県の越前西部林道。初めて訪れたのが1994年の3月だから、もう随分前のことになる。その間全く走ってないわけではないのだが、他の目的地に行く為にほんの少し利用する程度だったので、実質的には13年ぶりということになる。

越前海岸のすぐ東部の山間地域を南北に貫くこの林道は1号線から4号線まであり、非常に広範囲にわたって走っている。初めて訪れた当時はまだ3号線が工事中で開通しておらず、走ったのは1,2号線だけだったように記憶している。4号線にいたっては。まだ計画段階で着工もされてなかったように思う。林道といっても、当時から未舗装路はほんのわずかで、完全舗装も時間の問題という感じだった。現在は一部山を下る支線に未舗装路が残っているだけである。走ってみるとわかると思うが、この林道は完全な観光用林道。そのため道幅も十分で非常に走りよい。そして途中の支線はキャンプ場などの施設と結ばれていたりする。季節の良い時など、それなりにレジャー客が訪れ、交通量などもそこそこあるのかもしれない。

この林道の何よりのセールスポイントは、景観の美しさだろう。眼下には海が間近に、そして遠景には連なる山々が見える。広々とした若狭の海と壮大な山々の風景が同時に味わえる非常に贅沢な林道、そんな感じがする。訪れたこの日は天気がよく空気も澄んでいたので、遠くの山々も非常に良く見えた。雪の少ないこの冬であるが、一番遠くに見える山は完璧に白く、そこだけを見れば完全な雪景色。山に詳しい人が見れば「あの山は○○、あちらのは△△」と説明できるのであろうが、山に疎い私なのでそれについての説明ができないのが残念である。

この日は3号線を途中から入って南下し、2号線を抜けて1号線に入った。しかし1号線の途中で迷ってしまい、結局いつの間にか林道を出てしまっていたという、誠に中途半端な走行になってしまった。とはいうものの、そういういい加減なドライブも私にとっては大いなる楽しみであり、「何に出合えるかわからない」という期待感を常に秘めたものであるのだ。結果、この日も大いに満足のする一日をすごすことができたのである。

林道から集落に降りる支線なども何本かあり、周辺には山村も点在している。林道そのものはごく普通の舗装道で、私の好みとしている‘林道’とは程遠いものであるが、キャンプ施設などで泊をとりながら、ゆっくりと時間をかけて周辺散策などしてみたい、そんんな思いも沸いてくる。海側に降りて美味しい新鮮な魚を食べるのもよし、海の景色をぼんやり眺めるもよし、疲れたら温泉に立ち寄るもよし・・など考えていると明日にでも訪れたくなってしまうのである。









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【2007/02/11 00:00】 | 林道 | page top↑
#96 木地師の里の金次郎
~木地師の里の金次郎~

旧永源寺町の最奥の集落となる『君ヶ畑』。木地師発祥の地として歴史あるこの地は、とても美しい山間の集落。『蛭谷』を過ぎ林道に入ると、眼下の谷に御池川が見える。流れる透明の水と川底に鮮明に見える小石が美しい。やがて見えてくるのは、雨風や日差しにさらされ傷んだ「木地師の里」の看板。集落の入り口である。

この美しい村も、現代の多くの山村同様過疎化の波が押し寄せている。雨戸が閉ざされたままの老家屋、もう何年も戸が開けられたことの無いようなゆがんだ家屋、そして崩れかけた家屋など、主(あるじ)と疎遠になった家屋の存在が目立つ。静寂の風景をゆっくり進むと、聞こえてくるのは水の音。道路わきにある水場の水道の栓が開かれっぱなしになっていて、清らかな水が常に流れ出ている。散策中にいくつかの水場を見たが、どの水道も同じ状態で水が流れていた。静まり返った中で、水の音がBGMとなって心地よく響く。その水場の美しさを何とかして写そうと、しゃがみこんだり、覗き込んだりしながら撮影をする。すると背中から「こんにちは」という声。振り向くとそこには70歳代くらいだろうと思われる女性の姿。「こんにちは、お邪魔させてもらってます」と挨拶を交わす。何とも心癒される時間が流れる。

村を散策しながら撮影を続けていると、前から先ほどの女性より少し上くらいの年齢と思われる男性の姿。挨拶を交わし、しばし立ち話。以前から気になっていた政所小学校君ヶ畑分校のことをうかがってみる。今は化粧品会社の施設になっているその学校跡から当時の姿をイメージすることは難しい。しかしその方から、その学校跡とは別に学校跡があることをきく。分校ありし頃に建て替えがあり、今の化粧品会社の施設の場所に新たな分校が建てられたという。そして二つの学校跡。早速以前の分校の場所をうかがい、行ってみる。そこは前から私が気になっていた場所で、いかにも学校跡という所。そのことに「やっぱり、そうだったのか・・」と一人納得をする。

石段を上がり、かつての小さな校庭に足を踏み入れる。そして振り返って集落を見ようとしたした、その時!

その時、目に飛び込んできたのは、植木からのぞく何とも可愛らしい二宮金次郎像。学校はとうの昔に姿を消したが、象徴である金次郎像は今も丁寧に残されていたのだ。例年に無い暖かい冬のせいか、植木には新芽がちらほら。その手入れされた植木の上から体半分見えるその姿が微笑ましい。「この像はいつ頃からあるのですか?」とうかがってみる。すると「わからんなぁー、ずっと前や。そうやなぁ・・80年くらい前からあるんと違うか」という返事。おそらくご自分の年齢で推測されたのだろう。物心着いた頃からずっとあったに違いない金次郎像。だから最低でも80年・・ということか。

何度か訪れている『君ヶ畑』だが、この日の訪問は何とも新鮮な気持ちになった。この美しい集落が、果たしてあと何年、村としての機能を維持できるのかはわからない。しかしこういった山間の美しい集落がどんどんと姿を消していっている現実、その社会構造を考えた時、いったいどんな未来がこの先あるのだろうかと不安になってしまう。そう感じるのは、単に山村に思い入れの強い私・・だからなのであろうか。









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