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#108 桜、スノーフレーク、もみじ・・
~桜、スノーフレーク、もみじ・・~

もう満開状態の桜は見れないと思っていた。でも、ここ小入谷林道入り口にある桜は今が満開。そういえば昨年もここで少し時期遅れの桜を見ることができた。美しい山の集落『小入谷』を抜けて林道起点に向かう川沿いには何種類かの桜が並んでおり、その最後に並ぶこの桜の木、見事に咲き誇っている。まだ小さなミツバチがその咲き誇る花の蜜を求めて無数に集まり、その羽音がブーン、ブーンと心地よく響く春の風景。詳しいことはわからないが、よく見るとこの桜の木の花びらは一般に見るものより花びらが少し大きい?ような気もする。

この日の小入谷林道は実に空気が爽やかで、遠くの山の稜線もはっきりと見えている。滋賀県に残る数少ない峠越えの未舗装林道となってしまったこの林道、いつ訪れても素晴らしい風景を見せてくれる。林道起点の『小入谷』の風景、林道から見える風景や植物たち、峠からの若狭の青い海、そして林道を福井側に抜けた後の美しい『上根来』集落や旧上根来小学校の木造校舎、そこに咲くもみじ・・等々、あげたらきりが無い程見所がいっぱいだ。

この日も当然、旧上根来小学校に立ち寄った。昨年訪れた時は、もみじの木に可愛らしい鯉のぼりが結わえられており、それに心癒された。「今年は昨年の訪問より少し早いけど、鯉のぼりあるかな・・」など考えながらの訪問。

残念ながら今年は可愛い鯉のぼりを見ることはできなかった。しかし木造校舎とその周囲の風景は相変わらず美しく保たれ、新緑の緑の中で爽やかな風景を見せてくれていた。今でもこの老校舎が利用されていることの証を確認し、嬉しい気持ちになる。ふと校舎前の花壇を見ると、花びらの枯れかかった水仙に混じって小さなスノーフレーク。「そういえば保月でも見たなぁ・・」など思い出しながら、白く可愛い清楚な感じの花が今年は迎えてくれたことを喜ぶ。

さらにもみじを撮影中にあることに気づいた。それはもみじの花・・。緑のもみじを遠くから見ると、緑の中に少し赤が混じっている。それがもみじの花の色。赤いもみじを見ると、それにはもっと赤いもみじの花・・。まったく知らないことだった、もみじに花が咲くなんて。それに気づいたことも私にとっては感動の一つ。知っている人たちにとって当たり前のことなのだろうが、それを知らない私にとってはけっこうな感動。「知らないってことも、なかなかいいもんだ」なんて思ったりもする。

この日も多くの感動を与えてくれた小入谷林道の訪問だった。しかし峠から福井県側の多くの部分が簡易舗装されていたのが気になる。この林道にも完全舗装の波が押し寄せているのだろうか。この美しい風景が変わってしまう日も近いのかもしれない。









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【2007/04/30 22:23】 | 自然・動植物 | page top↑
#107 いろいろな風景/海と棚田
~いろいろな風景/海と棚田~

これまでに見たことの無いような風景と出合った時、その受けるインパクトにより様々な思いがわきあがってくる。驚き、感動、喜び、悲しみ、笑い、寂しさ、切なさ、そして時には恐怖や不安なども・・。この日、京都府との県境付近の福井県大飯郡高浜町の『日引(ひびき)』という集落で出合った棚田の風景は、とても新鮮で力強く、そして爽やかな印象を私に強く与えてくれた。

棚田はこれまでにも何度か見てきて、その美しさには大いに惹かれるものを感じていた。しかし実際にそこで生活し田を耕す方たちにとっては、棚田は美しいものというより辛いものなのだろうと思ったりもしていた。急な坂道、機械も入れず作業効率も悪いゆがんだ形、そこで田を営んでゆくには大変な労力が必要なことは素人が見ても明らか。そういった過酷な条件の中で人々の苦労の上に存在する棚田、それでも訪問者にとっては、やはりその風景は日本の山村風景を代表するものの一つとして美しく感じるのである。

これまでに見てきた棚田は、山深き集落の棚田がほとんど。だから当然その周囲の風景も山の緑。しかしこの日見た棚田は、その背景が今までのものとは全く違っていた。『日引』の棚田は、その背景が海なのである。しかもこの日は風がかなり強く、海の波しぶきが海面を這うようにして巻き上げられ、白いしぶきとなって海面を走ってゆく。バックが雄大な海なので、本来なら大変開放的な雰囲気であるはずなのに、その強風と休むことなく海面に吹き上げられる波のしぶきのせいで、広々とした開放感というより、やたらと緊張感の強い不思議な開放感となっていた。のどかな風景が当たり前の棚田であるが、ここでは静かな棚田の風景と、力強くエネルギーいっぱいの海の風景の対比が強烈で、それがとても新鮮に感じられたのである。決して規模は大きくないのだが、初めて目にする者に強い印象を与える日引の棚田だった。きっと天候や季節、時間帯などによって様々な美しい表情を見せてくれるに違いない。

強い風の中、無心で写真を撮っていると、棚田の横の道を登ってくる一台のトラック。ちょうど私が車を停めてある空き地の資材を積みに来たようだ。邪魔になってはいけないと思い、私は慌てて空き地に戻り車をのけようとした。するとトラックの運転手から「大丈夫!」と返ってくる。その言葉に甘えてお礼を言って、車はそのままに写真撮影を続けさせてもらうことにした。しかし後から考えると明らかに資材を積むのに私の車は邪魔だった。おそらく他府県ナンバーで、明らかに観光客とわかる奴が一生懸命に棚田と海の写真を撮っているということに気を遣ってくれたのだろう。何か申し訳ない気持ちと、爽やかな気遣いに嬉しくなる気持ちで一杯になった。そしてその感情が海と波と風と棚田の風景と混じり、日引の棚田の風景は心の中に強く残ることになった。

帰宅後調べてみると、この日引(ひびき)の棚田は「日本の棚田百選」の一つに認定されているということが、わかった。そして写真をもう一度見なおし、改めてその美しさ爽やかさを思い出すことが心地よかった。








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【2007/04/22 19:25】 | 福井県山村・廃村・自然 | page top↑
#106 桜と似合うもの
~桜と似合うもの~

3回続けて木造校舎を取り上げているが、やはりこの桜の季節、学校に関する話題が多くなる。ということで、地元滋賀県でもう一度だけ木造校舎の話題を。

今回の木造校舎は、このコーナーでも何度か取り上げている、滋賀県伊香郡余呉町にある旧余呉町立丹生小学校。滋賀県が誇る木造校舎である。統廃合により廃校となって以後、その先行きが危ぶまれたが、幸いにも今は第二の人生を歩んでいる。

その丹生小学校に先日訪れた。第二の人生を歩み初めてからは、何時訪れても学校前に車が停まっており、それまでは静まり返っていて寂しさばかり感じていたこの校舎の空気が、今は人の動きとともに流れているのがよくわかる。空気の流れの無い木造校舎は何とも寂しい。それ自体の美しさはあるのだが、それは何とも切ない美しさ。その点この丹生小学校に今は切なさを感じることは少ない。歩み始めた第二の人生を、今後も末永く歩み続けることを祈るばかりである。

ところで訪れたこの日、たくさんの桜が咲いていた。桜吹雪とともに緑の葉桜に変わりつつある下界?とは違い、ここではまだ美しい姿を見ることができた。それにしても桜と木造校舎は、どうしてこんなにもよく似合うのだろう・・。入学式につきものの桜が、木造校舎に関わらず学校の風景によく似合うのはわかる。しかし木造校舎は特によく似合う。木造校舎の壁面の色はいくつかのパターンがある。前の3回で紹介した校舎のような黒っぽい感じのもの、そして丹生小学校や鎌掛小学校、越波分校のようなピンク色っぽいもの、そのほかにもグレーや薄い水色・・などなど様々あるが、壁面の色に関係なく薄桃色の桜の花はよく似合う。

‘桜と言えば花見’というのが一般的なのかもしれないが、私にとっては‘桜と言えば木造校舎’だ。その木造校舎と桜が演出しての入学式、そういえば一度も現実に見たことが無い。今、私が見る木造校舎は子どもたちが通うことの無い、静かな木造校舎ばかり。私自身が小学校1年生の時の入学式は、たしかピンクの木造校舎で桜の入学式だったはずだが、残念ながらほとんど記憶が無い。一度本当の入学式を見てみたい、撮影してみたいなど思うのだが、今のこの時代では難しいことなのかもしれない。








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【2007/04/16 08:26】 | 木造校舎・廃校 | page top↑
#105 木造校舎の横の木造園舎
~木造校舎の横の木造園舎~

2回続けて木造校舎の話題が続いたこのコーナー、続けて木造校舎をもう一つ。その木造校舎は小学校でも中学校でもなく、高校でもない。なんと幼稚園。幼稚園であるので正確には木造園舎と呼ぶべきなのかもしれないが、どうも馴染めないので文中では‘木造校舎’と呼ばせていただくことにする。

その‘木造校舎’と出合ったのは、京都北東部地域のいくつかの小学校を見てみようと出かけた時である。綾部市の山間部の静かな集落の道沿いにその幼稚園はあった。幼稚園の名は奥上林幼稚園。奥上林小学校と併設されており、そのどちらもが美しい木造校舎。しかし校舎のつくりは双方で雰囲気がかなり違っており、小学校の方がやや現代的?なつくりになっているのに対し、幼稚園の方はずいぶんと歴史を感じるような雰囲気のもの。実は当初、この幼稚園の方の‘木造校舎’には気づかなかった。あらかじめ地図で確認していたこの奥上林小学校を目当てにこの地を訪れ、小学校の木造校舎の写真撮影をしている時に、小学校から渡り廊下が高台の方に続いているのに気づき、その先を確かめようとしてその存在を知ったのだった。

そこは小学校の敷地よりかなり高い所。校舎の二階の屋根よりまだ数m上の高さだから、かなりの高低差だ。そこに見事な‘木造校舎’がもう一つあるとは思ってもみなかった。それもいかにも木造校舎を思わせる堂々とした姿。最初は「廃校となった中学校の校舎かな?」など思ってみたが、奥上林幼稚園と書かれてある。そういえば下の小学校の閉校の碑に小学校と幼稚園名が記されてあった。それにしてもどうにも幼稚園のイメージに合わない。大きすぎる。建物の規模もグラウンドも・・。「きっと昔は中学校だったのだが、廃校となったのでそのまま校舎を幼稚園として使用しているのだろう。」など勝手に推測する(実際その推測は誤りだった)。しかしそんなことはどうでもよかった。とにかくその‘木造校舎’が美しいのである。校舎はもちろん、グラウンドや定番の桜の木、遊具、周りの風景・・。そして小学校とつながる独特の木造の渡り廊下、高台となったグラウンドから見下ろす風景・・、どれもがよかった。

小学校からのびる木造の渡り廊下が、また立派と言うか本当に見事な雰囲気を持った建造物で、非常に印象深い。高低差のかなりある下校舎(本校舎)と高台の上校舎とつないでいるものだから、小学校から見ると何とも高い所に上っていくように見える。もちろん橋脚というか長い足が地面から伸びて安全に支えているのだろうが、下から見ると何とも不安定で今にも崩れそうに感じてしまう。長さも40mもあるらしく、その規模も鉄筋に慣れた者にとっては、より不安に感じてしまう要因なのかもしれない。きっと渡り廊下の主が古い木造校舎というのも、不安感を煽っているのだろう。それにしても特徴ある渡り廊下だ。きっと奥上林小学校の名物となっていたことだろう。見れば誰もが渡ってみたくなる、そんな渡り廊下。生徒たちも初めて渡る時はワクワクしていたに違いない。

この奥上林小学校と奥上林幼稚園、残念ながら今から2年前の平成17年3月にともに閉校、閉園となっている。記念の碑に仲良く二つの名前が刻まれているのが、何か可愛らしくそして切ない。この地域の小学校は統廃合により近隣4小学校が2つになったという。昭和の40年代あたりからだろうか、全国の各地で分校が姿を消し、それが本校にも及び、それは今も止むことなく、歴史ある学校が次々と統廃合で姿を消している。この3月も多くの小学校が姿を消したことに違いない。休校という形をとるのか、廃校という形をとるのかは地域によって違うだろうが、休校から元の形に戻り、再び児童生徒を迎い入れることになった学校の例は一体どれだけあるのだろう。廃村となった村から人々が姿を消すこととなった大きな理由の一つに「教育に対する不安」があげられる。通常、教育機関が無く、他に同年代の子どもがほとんどいない所に、若い夫婦や小さな子どもを持つ家族はよほどの覚悟か事情がない限り住むことは難しい。通学にスクールバスが用意されるとはいえ、小学校の新入生の子どもは、まだ6歳なのである。

この奥上林幼稚園に咲く桜も満開を迎えていることだろう。しかしにぎやかな桜の花とは対照的に木造校(園)舎は静かなまま・・。ここではもう入園式は行なわれない。渡り廊下でむすばれた奥上林小学校にも子どもの声は聞こえない。子どもは未来のエネルギーであり光である。その子どもたちが地方の集落から次々と姿を消さざるを得ない現代社会の未来とはどのような未来なのか。時代の流れの中に何か大きく大事なものが失われていくような気がしてならないのである。










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【2007/04/09 21:01】 | 木造校舎・廃校 | page top↑
#104 海辺の村の木造校舎
~海辺の村の木造校舎~

1993年の地図を頼りに、いくつかの学校を訪ねてみた。今から14年ほど前の地図である。訪れた地域は京都府北部の舞鶴市、舞鶴湾東部の大浦半島。現在、多くの小学校が統廃合により消えており、その現実を、まだ訪れたことのないこの地で実際にふれてみたかったのである。ネット時代の世の中、インターネットで調べればすぐにわかることなのであるが、あえて下調べをすることなく訪れてみたのは、より現実を生々しく感じてみたかったからだ。舞鶴市を選んだのは、まだ訪れたことの無い身近な地域だからということで、特に強い理由があったわけではない。

最初に訪れた学校は、大丹生小学校。舞鶴湾の入り口付近に位置する海に面した小さな漁村『大丹生』。その中で学校はすぐに見つかった。しかしすでに校舎はなく、その跡と思われるグランドの横には立派な鉄筋の体育館のような建物。そしてその建物に隠れるように学校跡の碑が見える。その碑には校歌と平成5年閉校という文字・・。予測はしていたものの、やはり廃校という現実に気持ちは沈む。

次に大丹生より6kmぐらい北東にある『三浜』という集落を訪れた。そこは海水浴場のある、山と海に挟まれた小さな集落。その集落の中に、14年前の地図では丸山小学校と学校名が記されている。もう校舎は無いのだろう、と期待せずに車を走らせる。三浜という何とも古びた雰囲気のバス停を過ぎると、程なくして見えた学校の姿に思わず声が出る。何とも美しい木造校舎なのだ。すぐ後に裏山、校舎横に見えるのは海。それらをバックに静かにたたずむ姿が実に美しい。校庭の周りの桜の木が、黒い板張りの校舎の壁面に映える。そして、青いフェンスに囲まれた校庭では野球に興じる地元の子どもたちの元気な姿。一目見るだけで廃校とわかる古びた校舎ではあるが、子どもたちの元気な声が廃校独特のさみしさや切なさを打ち消し、周りの風景とともに何とも爽やかな空気を作り出している。校舎、裏山、海、遊ぶ子どもたち、桜、緑のフェンス、校舎の向かい側に広がる山・・それら全てが合わさっての一つの風景。私にとっては、何とも文句のつけようの無い心癒される風景であった。今この廃校の校庭は、子どもたちの最高の野球遊びの場所となっているのだろう、校舎の窓にはボールから守るべく金属製の網が張られている。それにしても遠慮なく軟球ボールを打ち返す子どもの姿が何とも心地よく爽やかな感じがする。

桜の花はまだ三分咲き。入学式のころにはちょうど満開か。しかし平成10年に120年以上もの歴史を閉じたこの丸山小学校で、桜の花の中を母親とともに歩く新入生たちの姿を見ることはもうない。それでもこの風景の中に、多くの子どもたちの元気な声が響いていた頃の入学式の風景をイメージしてしまう。そしてその自分勝手にセンチになった心を、今グラウンドで遊ぶ子どもたちの声や金属バット音が我に返してくれる。そのことにホッとし、子どもの持つエネルギーを改めて感じたりもするのである。

この学校は平成10年の廃校時、すぐに取り壊しされることが決まっていたそうである。取り壊しを免れた詳細ないきさつはわからないが、今のこの時代だからこそこのような木造校舎の姿に心打たれる人は多い。それを思うと、残されたことの意味の大きさを感じるのである。










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【2007/04/03 00:09】 | 木造校舎・廃校 | page top↑
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