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#120 林道の支線の向こう側
~林道の支線の向こう側~

15年ぶりに岐阜県の牧野道路を訪れた。前回訪れた時は、起点付近がケモノ道のようだったということだけが強く印象に残っており、他のことがどうしても思い出せない。道幅の狭さや薄暗い感じ、持ち上げれなければ車が通れないような倒木、ひょっとして道を間違えたのでは?などという不安に常につきまとわれての走行だった。尾根沿いの林道なので本当は美しい風景も見れたはずなのだが、その記憶がどうしても出て来ない。そしてそのことをもう一度確かめたかったのと、廃道になっているのではないかという不安を確かめるための訪問であった。

今回は青屋駄吉林道側起点からのアプローチ。いきなり飛び込んできたのは美しいブナ林、逆光に輝く木々の緑、鳥のさえずり…だった。こんなに美しい林道だったのか、と認識を改める。本当に美しい。ただ夏の林道につきものの、大小のアブの襲来には常に悩まされっぱなしだったのであるが…。

ふと見ると支線がある。さっそく行ってみた。本線に比べると林道脇の雑草がかなり伸びている。しかし明るく開けた雰囲気。さらに行ってみる。「う!林道の先が見えない!」林道がそこで途切れているように見えた。どうなっているのだろうかと車を降りて急ぎ足で見に行く。そして驚く。そこにあったのは、これまでのどの林道からも見たことのないようなパノラマ風景。詳しい山の名前はわからないが大きく広がる山々、その谷あいに見える小さな集落、そして適度な心地よい霞、それらの合わさった何とも絶景な風景が私の眼前に広がっていた。しばらくそこで我を忘れて風景に見入る。さわやかな風、青空と白い雲、美しい山々、乾いた土、草や木々の緑、すべての要素が揃った、これこそ林道という風景。来てみてよかったなぁ…と思う一瞬であった。


林道ではさまざまな出合いがある、それは季節や時刻、天候やその時の精神状態…などで、その印象は大きく変わる。今回は本当に爽やかな林道の風景を見ることができた。これだから林道散策はやめられない、と思ったのと同時にこの美しさをいつまでも保ってほしい、などと感じたりもした。更新がなかなか進まない当サイトのレポートであるが、この牧野道路については是非ともレポートをアップしたいものである。









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2007/07/28 23:53】 | 林道 | page top↑
#119 廃屋の前の乳母車
~廃屋の前の乳母車~

この集落に初めて来た時から、それはあった。地図から姿を消して久しい集落、そこに残るたった一軒の廃屋、その前に置かれた籐製の乳母車。籐はほころび破れ落ち、金属部分には深い錆び、もうかなり原型を失ってしまっている。「次来る時に、まだ見ることができるだろうか?」などといつも思っていた。そして今回もその存在を確認して、ホッと一安心。籐の部分など昨年よりも傷んでるような気がするが、それは決して気のせいではないだろう。

かつてはのどかで広々とした谷の風景を作り出していた美しい集落であるが、今は一部にその名残を残すだけで、もうその姿を見ることはできない。廃村から40年もの年月が流れた。一体いつからこの乳母車はそこに置かれているのだろう。動かされなくなって何年になるのだろう。ここの家主が必要な家財を持ち出した後に残されて、そのままになっているのか。それとも廃屋から家財を狙う窃盗団が放り出していったものなのか。はたまた廃墟マニアが写真撮影にと置いたものなのか‥。

こういったものを見るといつも思うのが、‘それら’の現役の頃の姿。例によって勝手に思い浮かべてしまうのだ。この乳母車は、新しい家族の誕生を祝って買われたもの。当時は今で言う‘ベビーカー’などという洒落たものは無く、これら籐で編まれたものが主流。職人芸による産物である。そこに乗せられた赤ちゃんを覗き込み、あやす人々。手押し車を押すのは母親か祖母か父親か、もしかしたら幼子の兄姉かもしれない。今は杉林となって、ただ薄暗いだけの風景も、当時は明るく開けた山村の風景。その中で、ゆっくりと流れる時間と共に、この乳母車は大いに活躍したに違いない。底の深い籠の部分は、乳児から幼児まで使用できるようになっている。これに乗って何人の子どもたちが成長したのだろう。当時の色あせた写真とだぶってイメージは膨らみ、映像だけではなく声まで聞こえてくるような気がする。とても賑やかな声‥。

しかし今ここにあるのは静寂と薄暗さと、苔むしてかび臭いにおいだけ。それを打ち破るかのように聞こえるのは、時折けたたましくこだまする猿たちの声。

もうこの手押し車が乳母車として動かされることは無い。動くとしたら、自ら支える力を失って倒れるか、滅多に来ることの無い来訪者に動かされた時くらいだろう。この車の主たちが住んでいた家屋も今は倒壊寸前。こちらの方が一歩先に自然にかえるのかもしれない。近い将来、廃家屋と乳母車のこの風景が壊れるのは間違いないところ。だがそれまでは静かに、今のままの風景で残っていてほしいなど考える。そして次ぎに訪れる時もその姿を見せてほしい、など勝手に思ってしまうのである。









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【2007/07/22 19:16】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#118 芹谷の奥のこの村
~芹谷の奥のこの村~

この集落に過疎化の波が襲ってきたのは、もうずっと前のこと。今では、一年を通じてここで生活している人の数もわずか。冬の除雪も、この地区まではまだ何とかされているものの、これより奥の集落は大雪の時は道を閉ざす。

訪れたこの日は天候がよいこともあり、集落に何人かの住民の姿を見ることができた。ウロウロと写真を撮っていると、盛んに犬が私に向かって吼えてくる。そういう時はたいてい気にせず写真撮影を続けることにしている。ふと見ると、集落前の道を一人の人が歩いてくる。そして「この犬は、よう吼えるけど心配せんでええよ。」と声をかけてくれる。どうやら地元の方で、山菜採りの帰りのようである。さっそく少しばかり話をうかがう。60~70歳代くらいと思われるその女性は、やはりこの集落の方。しかし今では居を別のところに移し、季節のよい時期にのみ、この地に帰ってこられているという。そして静かな故郷の地で山菜取りなどを楽しむ。この時もすれ違う地元の軽トラから声をかけられ、山菜の収穫談義に花が咲く‥。話をうかがい始める頃には、先程まで盛んに吼えていた犬も安心したのか、もう吼えることはやめていた。そのうち集落から別の女性がやってきて二人で話し始める。傍らでは犬がのんびりとしている。何か本当にゆっくりと時間が流れている、そんな感じがする。

今、この集落には多くの空き地、廃屋がある。そのいずれもが、自由気ままに伸びる多くの雑草に覆われつつある。その中からわずかに人の住む家屋が見えている、そんな感じのする風景だ。この空き地や廃屋が今と違い、普通の家屋が建ち並ぶ風景だった頃、そこには多くの人たちの活気ある声が響き、多くの子どもたちの元気に遊ぶ姿が見られたことだろう。集落前を流れる川も今より深く水量は多く、岩魚やアマゴなど多くの魚が見られた。それら今は無き風景の映像、私には想像することしかできないが、今ここに住んでおられる方の中には、数々の思い出と共に懐かしい故郷の映像として残っているのだろう。そう遠くない将来、この集落の歴史が閉ざされる時が来たとしたら、今のこの風景も大変貴重な風景となってしまうのだろうか。

など思いながら切ない気持ちでいると「いい写真撮って、コンクールで賞とって!」と声をかけられる。そのことばに切なさはいくぶん和らぐ。そして「がんばりますね」と言って、再び芹谷の奥のこの村の写真撮影を続ける。










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【2007/07/15 06:51】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#117 林道からの夕日(滝谷武奈林道)
~林道からの夕日(滝谷武奈林道)~

確かずっと以前にも、この滝谷武奈林道からの風景を紹介させていただいたと思う。林道自体は大部分が舗装されて普通の道になってしまっているが、そこから見える琵琶湖の風景はやはり美しい。

この日は久しぶりに『男鬼』を訪ねて、そのまま滝谷武奈林道に入った。いつものビューポイントから下界を見下ろす。「もう少し待てば夕日が見れるかな」など思い、車のエンジンを切る。聞こえてくるのは静かな風の音と鳥の声。時々けたたましく聞こえるのは、おそらく猿の鳴き声だろう。こうして時間をすごしながらいろいろ思い出す。そういえば、このあたりで以前、固まった雪に突っ込んでスタックしてしまったなぁ‥、今は舗装されているこの道もその頃は赤土の道だったなぁ‥、立派な舗装林道になる前は細い道があちこちにのびている感じでよく迷ったなぁ‥などなど思い出は少なくない。

そうこうしているうちに日が落ちてきた。真っ赤な夕日という訳にはいかなかったが、オレンジに光るその景色はなかなかのもの。琵琶湖に浮かぶ島や湖面の輝きまでが見える。やはり美しい。以前見た‘びわこ放送BBCニュース’の「地図から消えた村」のコーナーの中の男鬼にお住まいの方のインタビューで「片道10kmもの通学の帰り道に見た風景の美しさが今も印象に残っている」というようなことが語られていたが、まさにこのような景色だったのだろう。いや、鮮やかな夕日であればこの何倍も美しかったのかもしれない。

案外、林道から夕日を見る機会は少ない。林道を訪れる時のほとんどが単独走行であるため、危険を伴う夜間の林道走行をできるだけ控えているからだ。また、日没まで林道にいたとしても、うまく夕日に巡り合えないことも多い。峠からの風景、林道からの風景、やはり日が昇る時、日が沈む時が特に美しい。この夏はぜひともその景色に出合ってみようと思う。








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【2007/07/07 06:39】 | 林道 | page top↑
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