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#124 『奥有道』の卒業記念樹
~『奥有道』の卒業記念樹~


卒業記念、卒業制作、卒業記念植樹、卒業記念の碑‥名称や形は変わろうとも、学校にはその年の卒業を記念して様々なものが残されている。そういえば私が小学校の時には、中庭の小さな山に杉の苗を植えたような記憶がある。どうなっているのだろう‥などたまに思い出すことがある。大きくなったら手に負えなくなるし、今はもうないのだろうなぁ‥という結論に達し、その後で「そういえば阪神大震災があったから、杉の木どころか校舎まで全て新しくされているのだろうなぁ。」という結論で最終的に落ち着く。

先日、岐阜県の久々野町にある『奥有道(おくうとう)』を訪れた。この村から人がいなくなったのは昭和38年。したがって廃村となってから45年もの年月が流れたことになる。残念ながら今はもう放送されていないが、岐阜テレビ放送の「ぎふ川物語」という番組の中でこの『奥有道』が取り上げられており、その中で村の分校の卒業生が記念植樹した白樺の樹が、今も元気に育っていると紹介されていた。わずか二人の卒業生によって植えられた白樺の樹。学校も村も無くなった後も、元気で成長し続ける。何かそのことが無性に嬉しかった。何とかしてそれを見たいと思った。廃校ならずとも、小学校や中学校では、卒業記念に創られた様々なものが残されている。中には長年雨風にさらされることで大きく形を変えてしまい、無残な姿になっているものも少なくない。しかしこの廃村『奥有道』では、記念の植樹が半世紀近く過ぎた今なお健在だったのだ。

『奥有道』、わずか10軒にも満たない小さな集落であったが、そこには久々野小学校有道分校があった。山を隔てた峠の向こうの集落『口有道(くちうとう)』にも久々野小学校有道分校があり、二つを合わせて有道分校だったという。1学期は口有道校舎、二学期は奥有道校舎で授業を行い、3学期は雪のため通学不能となるので、それぞれの校舎で授業がおこなわれていた。この『口有道』も『奥有道』の後を追うように廃村となったのだが、今は立派な道路がつき、校舎も何も、もう残ってはいない。

実はこの地を訪れるのは二回目。一回目は、時間の関係で訪れたのが夜。しかもみぞれが降るような寒い中だったので十分に調べることができず、白樺の樹を確認することはできなかった。そして二回目の今回、雑草がかなり背高く伸びてはいたものの、周囲に杉林がおおい茂る中、白樺の樹を確認することができた。半世紀もの年月を経て立派に育った記念植樹。今はその横に作業小屋のようなものが建てられているが、かつてはそこには校舎があり、子どもたちや先生の姿があったはず。静まり返った集落跡地だが、ここが以前は賑やかだったということは、紛れも無い事実。それでも今のその風景からはなかなかイメージできない‥。

山奥の小さな村の小さな学校の、たった二人の卒業生を皆で祝う。この樹を植えた二人の卒業生、この記念の植樹のことを思い出すことはあるのだろうか。姿を変えてしまった故郷のことを思い出すことはあるのだろうか。今このように立派に成長した白樺の樹を見たら何と思うのだろう。案外、毎年見に来ているのかもしれないなぁ‥??などなど勝手なことばかり考えてしまうのである。








http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2007/08/27 23:07】 | 岐阜県山村・廃村・自然 | page top↑
#123 心やすまる場所
~心やすまる場所~


残暑の厳しい日々が続いている。なんでも東京ではマンション内で熱中症になって亡くなった方がいると聞く。コンクリートで固められ、窓があっても風の出口のない密閉された建物構造、日中の熱は建物の中にためられ中の人間を包む。さらにエアコンの室外機の熱気が建物をおおう。エアコン無しでは命さえ失いかねない環境となってしまったということか。亡くなられた方はいずれもご高齢の方という。何とも痛ましく感じる。田舎住まいに慣れてしまった私には、到底考えられないような過酷な都会の環境なのだろう。

先日‘涼’を求めて芹川を訪れた。このコーナーでも度々紹介しているのだが、この芹川(芹谷)には季節に関係無くよく訪れる。そしてどの季節にも、とても美しい風景を見せてくれる。また、私が知るずっと以前の昔の世界をイメージさせてくれる建物などもたくさん残る。ここに来ると本当に心がホッとする。今回の訪問も‘涼’を求めるというよりも‘安らぎ’を求めている感じだったのかもしれない。

通常は水量は決して多くはない。この日の水量はやや少なめか‥。でも水の流れを見ると、そこにはとても美しい世界が広がっている。透明の水の下の石が少しゆがんで見えるのが心地よく、涼を誘う。石灰質を多く含むせいで石は白っぽく、それにともなって水も白く見えたりする。私がよくこの川の水を‘白い水’と表現するのは、そのためである。その美しさと透明感の魅力に我慢できず、すぐに写真撮影にはいる。この日は釣り客の姿も無く、見えるのは芹川の風景とそれを囲む山々、そして青い空だけ。こうなると、もう暑さを感じたりはしない。小一時間ほど写真撮影をした後は、白い岩の上に座って休憩。

素足を水につけると、これがまたとても冷たく気持ちがいい。こうしてまた小一時間ばかりボーっとして過ごす。河原から上を見ると道が見える。以前はここも小学生たちの通学路だったはず。賑やかな声が聞こえていたはず。でも今は赤い三角屋根の可愛らしい学校も姿を消し、その跡にはお地蔵様があるだけ。そしてかつての通学路を子どもたちが歩くことも無い。当然、どの集落にも子どもの姿は無い。なんて書いていると「確かこのコーナーで、以前にもこのようなことを書いたなぁ‥」など思い出す。この芹谷に来ると、いつも同じようなことを思い、感じ、そして同じようなことを書いてしまう‥。

私にとってこの場所、この空間は本当に心休まる場所。他の人が見たら、おそらく何も無いただの平凡な風景だろう。でもなぜかそのことにホッとする。疲れた体や心を休める場所って、人間にとって大変大切なもの。そしてそのような場所を持っているってことは、本当に幸せなことと感じるのである。








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【2007/08/20 21:20】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#122 木製の橋のある、谷の風景
~木製の橋のある、谷の風景~





古めいた一枚の写真がある。山間の谷の、美しくのどかな風景。手前に見える木製の橋から一本道が続き、その先には走っている車の姿が小さく見える。道の両側には棚田と民家。全体的に白っぽいのはうっすらと積もった雪のせい。村を囲む山々も雪で薄化粧。山間の谷の小さな集落の初冬の風景だ。この写真を見てどこの写真かわかる方は、おそらくほんの一部の限られた人だろう。

上の写真は、昭和42年に滋賀県教育委員会により発行された『滋賀県文化財調査報告書(第2冊)/愛知川ダム水没地域民俗資料緊急調査報告』から引用したもので、ダムができる前の愛知川谷の風景である。大変詳細に、そして克明にまとめられたこの報告書、これをきっかけにダム工事の際に水没地域の本格的な民俗調査が全国的に行なわれるようになったという。愛知川ダムというのは現在の永源寺ダム(滋賀県東近江市)のことで、昭和27年に国営事業として着手され同47年に完成している。なおこのダム建設によって175戸の水没世帯を含めて213世帯が故郷の地を移転されている。今もダム横に走る道沿いに『佐目』と『萱尾』という二つの集落があるが、ともにダムができる前は、谷の底の愛知川まで広がっていた集落だったのである。

この写真に写っている木製の橋、見覚えのある方はおられないだろうか。実はこの橋、以前に‘たまに一言#88’と‘写真帳「永源寺ダム・樋之谷橋」’で紹介させていただいた樋之谷橋である。普段はダムの底に沈んで見ることはできないが、このように渇水期になると姿を現す。

この写真を見るまで、永源寺ダムの底にあったかつての風景を私は知らなかった。だからこの橋のある風景は、想像するしかなかったのだ。私が直接見た橋の風景は、渇水時のみ見られる、橋げたや欄干が折れゆがみ、大量の堆積した泥を背負う、乾いた泥色の風景だけ。それがこの写真によって、かつての温かみある風景とつなげることができた。ゆがみながらも橋としての形を維持し、その支柱に刻まれた樋之谷橋の名前が今なお確認できるところに、人々の生活を支え続けたこの橋のプライドを感じたりもする。いつ造られたものかはわからないが、地域の住民の大変重要な橋として、さぞかし頑丈に作られたに違いない。今はもう見ることのできない、愛知川谷の原風景の証人といったところか‥。

今この辺りの風景は大きく変わろうとしている。5年後、10年後はもっと大きく変わっているだろう。というのは、近い将来、鈴鹿の山々を貫くトンネルが完成し、三重県とつながるからだ。もう何時間もくねくね道を通って峠を越える必要が無くなる。通行止めに悩まされることもなくなる。そしてそれに伴っての道路整備も着々と進んでいる。きっと今よりもっと多くの人たちがこの地を訪れ通過することになり、観光地としてもより発展することになるだろう。今もダム下やダムの上流には、かつての愛知川の原風景を思わせるような風景が一部残っている。非常に美しい風景だ。これらの風景の5年後、10年後はどうなっているのだろうかと考える。何が必要で、何が必要でないかは人それぞれで違うものだろうから、思いもそれぞれであっていいと思う。しかしこの先も人間が自然の中で生きてゆく以上は必ず守らなくてはならないものがあり、そのことを決して忘れてはいけない、ということをこの1枚の写真を見て改めて感じたりするのである。







※参考資料
『滋賀県文化財調査報告書(第2冊)/愛知川ダム水没地域民俗資料緊急調査報告』発行:滋賀県教育委員会

http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2007/08/12 06:46】 | ダム | page top↑
#121 有峰ダムと有峰トランプ
~有峰ダムと有峰トランプ~

富山県と岐阜県の県境にある有峰ダム(富山市有峰)を訪れた。富山湾に注ぐ常願寺川の支流である和田川上流に造られた、高さ140mのコンクリートダムで、有効貯水量は国内第9位だという。完成したのが昭和35年であるので、もう50年が過ぎたことになる。だがダム建設計画があがったのはそれよりはるか前の大正9年、何と80年近くも前だ。計画から完成に至るまでに大変な年月をようしているのだ。大正10年に水没地域の『有峰』集落の住民の移住が始まり、昭和3年に『有峰』が閉村。同11年にダム工事が起工したものの、戦争の為に工事は中止。戦後再び工事が開始され、昭和34年に湛水が始まって翌35年に遂に完成というから、閉村から完成まで32年もの年数が流れていることになる。

かつては秘境の地として何人も寄せつけなかったこの山深き豪雪地も、今は満々と水を湛える有峰ダムを中心として観光地化され、立派な自然施設や全舗装の有料観光林道(有峰林道)が周囲を囲む。そして林道周辺は見事なブナ林が彩を添え、訪れる人たちの心を癒してくれるのである。

私は、以前からこの有峰ダムを訪れたいと思っていた。今は深く冷たい湖底に眠る、誇り高き平家末裔の集落といわれる『有峰』、その地をこの目で見ておきたかったからだ。そして山深き地に不似合とも思われる有料林道がどのようなものなのかも確かめてみたかった。この『有峰』集落については「有峰物語(著:飯田辰彦/発行:NTT出版株式会社)」に詳しく書かれているので、興味のある方はぜひご覧いただければと思う。

この日は岐阜県の神岡町の和佐保の飛越トンネルから林道に入り、有峰記念館を訪れた後に再び飛越トンネルから岐阜県に戻った。本当は大多和峠を越えて岐阜へ戻ろうと考えたのだが、残念ながらこちらのルートは閉鎖されてしまい、今後も使われることはないとのこと。『有峰』ありし頃に関わりの深かった『大多和』集落を経由しての有峰訪問も、今はもうできなくなってしまったのである。林道そのものは、有料と言うこともあって大変よく整備されており、文句の無い‘快走路’だ。ドライブには最適だろう。この日の天気は曇りでモヤも多かったが、それでも周囲の風景は申し分ない。紅葉の季節には本当に素晴らしい景色を見せてくれることだろう、など考えながら走っていると、ダムサイト近くの有峰記念館に着く。

実はこの訪問でもう一つ楽しみにしていたことがある。それは‘有峰トランプ’の購入である。早速、記念館で購入しようと見渡すが商品が無い。そこでレジの方に聞くと、向かいのビジターセンターにあるとのこと。わざわざトランプを購入しようとする者は珍しいのだろうか、レジの方は少し驚いたようで少し嬉しそうな感じ‥。今度はビジターセンターできくと、「ありますよ!」と元気な声。そしてめでたく購入となった。なぜトランプなのかはわからないが、これの制作には編集委員会が設けられたとのこと。様々な論議の末に生まれたもののようだ。中身を見ると、『有峰』集落の昔の写真や、有峰の植物や動物の写真など大変興味深いもの。それぞれに一言ことばが添えられているのが何か微笑ましい。トランプとして使うことは無いだろうが、私にとっては大事な資料の一つとなった。

この有峰では、自然が大変大事にされている。ビジターセンターの雰囲気やこのトランプを見てもそれを強く感じる。そして人と自然が触れ合う場をうまく作っている。また水没した『有峰』集落についても、人々の記憶から消えることのないよう伝えようとしている。ダムによっては、諸問題からその水没集落について触れようとしない所もあるのだが、ここではそんなことはない。なぜかそのことが爽やかな感じで、ビジターセンターの人たちの爽やかな印象と重なったりするのである。









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2007/08/06 20:35】 | ダム | page top↑
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