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#154 杉林にて思うこと
~杉林にて思うこと~

山村が好きでよく訪れるが、その時よく目にするのが、杉や檜などが植林された人工林。枝がきれいに掃われて手入れのゆきとどいている林の木々は、空に向かって真っ直ぐにのび、整然とした雰囲気をあたりに作り出している。いかにも‘人の手が入っている’という感じだ。また幹に、鹿による害を防ぐ為のテープがグルグルと巻かれたりしていたりもするのも、人の手が入っていることを感じさせてくれ、山奥などで見るとホッとする。その一方、手入れのされなくなって放置されている杉林を見かけることもある。そういった所の木々は枝が掃われず雑然と広がり、歪な形で成長し続けている為、どこか不気味な雰囲気を感じてしまったりもする。

真っ直ぐに高く伸びた杉の木は陽射しを遮り、昼なお暗い世界を周辺に作り出す。あたりの植生も広葉樹の林とは大きく違って、シダ類やコケ類が主役となっている。わずかな木漏れ陽に、葉を広げたシダ植物が光って見えるのは、こういった林で見られる独特の風景だ。そういえば、廃村などの住居跡地に杉などが植林されているのをよく見る。注意深く見ると、かつての住居の名残である石垣や苔むした柱の残骸などを見ることができるが、廃村後30年余りが過ぎたような所では杉の木も高く育ち、当時の面影を感じることはなかなか難しい。当然ながら、そういった所は薄暗く湿気も多い。多くの人が、廃村に暗く怖い雰囲気を感じるのは、そういったことも影響しているのだろう。

しかし集落に人が住んでいた頃は、当然ながらこれらの杉はまだ植えられていないはず。畑や田、そして広葉樹が広がる集落の周辺はひらけており、山間部ゆえの日照時間の短さはあるものの、多くの陽射しを受けていた。今の薄暗い風景とは全く違った明るい風景がそこに広がっていたのである。集落からの延びる道も然り。現在は、廃村後に植えられた杉が高く伸びて陽を通さない為、何とも暗い道になってしまっているが、村在りし頃のその周囲は開けており、今とは比較にならないほどの光を受けていたのである。廃村を訪れた時「こんな暗くて細い道を通って、小さな子どもが学校に通っていたのだろうか‥。」と感じることがよくある。そのことを地元の方に尋ねると「今と違って、もっともっと明るかったよ。」という返事が返ってくることが多い。杉などの木が植林されている地域の多くは、今見るような暗い山の風景ではなく、明るい風景がそこにあったとということなのである。

山を訪れた時に圧倒的に目にすることの多い、杉や檜などの人工林。子の代、孫の代‥と何十年、何百年と林業を生業にすることを願い丹精込めて植林されたものだった。しかし時代は変わり、海外からの安価な輸入木材の為、今はこれらを頼りに生計をたてることは難しいという。切り出して製材すればするほど赤字になってしまうというのも、地元の方から良く聞く話。今でも山を訪れると、杉林などで木々の手入れをされている方に出会ったりする。もう何十年と途切れることなく山仕事を続ける生粋の山の男たちだ。そのある古老のことばが心に残る。

「そこらの山、わしらがほとんど杉林に変えた。杉林は広葉樹林と違い水を溜めることができん。また根も浅い。その為、川の水量が大きく減ったし、土砂崩れも起きやすうなった。それでも食ってゆくために、将来のためにと植林した。」少し間を空けてことばは続く。「山を大きく変えたんや。そやのに(林業では)食っていけん時代になってしもた。わしらのしてきたことは、間違いやったんかもしれん‥。」

製炭では生活できなくなる時代が来て、将来の道をひらくために山は大きく変貌した。しかし今見えるのは厳しい現実。そのことの是非は、誰がいつ判断すればいいのだろうか。











http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2008/06/22 18:57】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#153 出会えたもの
~出会えたもの~

ようやく出会うことができた。これまで轢死体は何度か見たことがあるのだが、生きた姿を見るのは初めてである。実際に生の姿を見て、そのユーモラスな動きや見かけのどこかとぼけた感じが、何とも可愛らしく感じた。

鈴鹿のある廃村を訪れていた時のこと。車を降りて林道を歩いていると、15m程前方に何か茶色の動くものが見える。山鳥だろうか?できるだけ足音がたたないように近づいてゆく。四足だ。ということは山鳥ではない。そのまま10m程に近づく。普通ならこの時点で、山で偶然出会う大抵の動物は逃げてしまうのだが、その茶色い生き物はのんびりしているのか、逃げる気配は無い。さらに忍び足で近づく。そして視力の良くない私でも、その生き物の全身を確認することができた。アナグマである。正式にはニホンアナグマというようで、哺乳類・食肉目裂脚亜目イタチ科ということだそうだ。ようするにクマという名がついてはいるが、クマではなくイタチの仲間ということなのである。

なにか盛んに鼻を地面に押しつけ、モゾモゾしながら林道を少しずつ移動している。虫などの餌を探しているようだ。つまり食事中ということ。私が少しずつ近づいても全く気づく様子が無いのは、おそらく食事に夢中になっているからだと思われる。きっと視力も良くないのだろう。私が地面に落ちている小枝を踏んでパキッという音がした時、一瞬食事を中断して顔をあげてこちらを見たものの、気づいた様子も無く、すぐにまた地面を鼻でモゾモゾし始める。やがて林道から横の斜面に移動する。その間もずっと鼻をモゾモゾ地面にこすりつけて餌を探し続けている。最終的には2m弱にまで二者の距離が縮まった。そしてついにアナグマは私の存在に気づくことになった。

ハッとした感じで顔をあげたアナグマ。目と目が合う。一瞬動きが止まった後に我に返り、アナグマは「アチャー!」という感じで驚き、大急ぎで斜面を駆けのぼって藪の中に消えていった。

アナグマの存在を初めて知ったのは、幼い頃に白土三平氏の劇画「忍者武芸帖」を読んだ時。主人公の影丸が率いる影一族の一員に‘くされ’という、アナグマと生活を共にしていた忍がおり、その時の‘くされ’と戯れるアナグマのやさしい姿が私の中に非常に強い印象として残っていた。それ以来ずっと本物に出会ってみたいと思っていたのだが、残念ながら出会えるのは車に轢かれて道に横たわったものばかり。だから今回のこの出会いは私にとって非常に嬉しいものだった。

これまで山で出会った動物たち。イノシシ、クマ、鹿、カモシカ、キツネ、タヌキ、野ウサギ、リス、猿、テンそしてアナグマ‥。空気の悪い都会で育ったためか、これらの動物は童話の世界の中のもの、もしくは全く別世界に住んでいるものだと思っていた。しかし山へ行くようになってから実際に出会うことができるようになり、身近に感じるようになった。何とも言えない驚きと感動だった。これらの中には出会うタイミングによっては大変危険なもの、また人の生活に害を与えるものなどある訳だが、これらの動物たちが普通に住める環境の大事さを大いに感じたりするのである。










http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2008/06/16 02:36】 | 自然・動植物 | page top↑
#152 楽しく元気な、不釣合いな風景
~楽しく元気な、不釣合いな風景~

冬季に無住となる集落。住民の全てが生活の拠点を他の地に移し、季節の良い時などにのみその地に帰ってくる住民のある集落。家屋の状態の良い所では、そういう時期に実際の生活も営まれているような所もあるようだ。しかし住民票等は全て移されているので、住民数は0。それゆえ、冬場にもし集落へつながる林道が雪で埋もれてしまっても、除雪などがされることはもう無い。

岐阜県と福井県との県境近くの山奥にある、冬季無住となる集落を訪れた。多くの家屋が美しく残されているのは、季節の良い時に帰ってこられている人たちが多い、ということなのだろう。この美しい集落が大変好きで、私は年に何度か訪れる。もちろん雪に埋もれた冬場に訪れることは無いので、訪れた時にはいつも人の姿、もしくは人の気配を感じる。畑には青々とした野菜があり、秋の収穫の時期には農作業の音や人々の声が、山に囲まれた村に響きわたる。それでも村の人たちが一年間を普通に生活していた昔に比べたら、遥かに静かなのだろう。「(この風景が見れるのも)私らが元気なうちだけやろうね」という地元の方のことばに現実を感じたりするが、このささやかな賑やかさには、やはり嬉しさを感じるのである。

訪れたこの日は5月の連休。やはり村の人たちが何人か帰ってきておられ、畑仕事などで忙しそうにしていた。目にする方のほとんどが高齢者の方たちだが、山深くにある多くの集落の現実を考えると当然のことなのかもしれない。しかし畑を耕す人、一輪車を押す人、昼ご飯の準備をする人‥などなど、村はまさに生きている集落という感じで、この風景だけを見ると行政上の‘廃村’というイメージからは程遠い。それらの動きのある風景と、新緑の緑、青い空、そして古びた家屋や木造校舎などの風景の中に心地よく浸りきる。

そんな時、ふと山村には似合わない音が聞こえてきた。ゴーゴーとアスファルトの道に響いている。すぐにその音の方を振り向くと、そこにはスケートボードに興じる子どもの姿。何とも不似合いなその音の主は、スケートボードをする小学校中学年くらいの男の子だった。村の真ん中を走る道を、ボードに乗って駆け抜けてゆく。まだそんなに慣れないのか、巧みに操るという感じではないが、なにかそれがかえって新鮮に感じる。このような山奥で、冬季には無住化するような集落で、このようなシーンに出合うとは思いもよらなかった。そしてこの、意外で不釣合いな風景が実に楽しく元気に感じられた。人が多く住んでいた頃には多くの子どもたちがいて、今なお健在の古びた木造校舎にも賑やかな声が響いていたはずだ。その頃の賑やかなシーンがこの景色を見て、ふと浮かんできた。違和感を感じたスケートボードはその頃にはあるはずも無いのだが、そんなことはどうでもよいくらいに、その不似合いな風景を重ねることができた。子どもはエネルギーである、ということを改めて感じたりもしたのである。

大型連休やお盆には、日頃静かで寂しい山村集落にも違った風景が見られることがある。人の姿の無い静かな山村の風景もいいが、こういった少し違った山村の風景も私は大好きである。この日見た子どもがここの住民でないということはわかってはいるが、こういう風景にはホッとさせられてしまうのである。










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【2008/06/06 05:50】 | 岐阜県山村・廃村・自然 | page top↑
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