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#157 庭で見た花
~庭で見た花~

私は花や植物の名前がどうしても憶えられない。林道や山村を訪れると目にする様々な草花や木々を見て美しく感じ思いっきり心癒やされるのだが、どうしてもそれらの名前が頭に入らないのである。写真を撮って、帰宅後早速図鑑で調べたりして「なるほど」と納得はしても、数日するとその名前は頭から消えてしまい思い出すことができなくなる。とは言っても形や色は忘れることが無いので、次に現場で見た時も「あ、前に見たやつ」となる。しかしその後に「名前はなんやったかいな」「思い出せない」「まあええか」となり、最終的には「名前はわからんけど知ってる花」ということになる。

そんな中でも忘れずに憶えているものがある。よほど相性がいいのか、それとも特に美しく感じたものか姿かたちが印象深いものかなのだろう。福寿草やねじ花、スノーフレーク、マムシグサ、オオハンゴンソウなどがそれにあたる。その中でも特に‘ねじ花’は私にとっては印象的なもの。気にしていないと単に雑草として見落としてしまいそうだが、その姿かたちが何とも可愛らしく感じてしまう。夏場の林道などで見かけた時、その可愛らしい姿に嬉しくて、ついつい写真撮影に没頭してしまうのはそのためだ。

今年の夏の林道訪問でも、ぜひともねじ花を見てみたいと思っていた時、意外な所でそれを見ることができた。灯台下暗しとはまさにそのことで、何とねじ花を見たのは自宅の庭。朝ふと起きて、雑草がジャングルのようにのびた荒れ放題の庭を見ると、のびた雑草の葉の間に、まっすぐにのびたねじ花の姿。全部で5本ぐらいであるが、くるくるとねじれて赤い花をつけるそれは間違いなくねじ花。やはり嬉しくてカメラを持ってすぐに庭に出る。そして大量の蚊に襲われながらも約1時間、じっくりと写真撮影に浸る。

ずっと以前のこのコーナーで、庭にキジがやってくることを書いたことがあったが、嬉しいことにその後も動物は訪れてきてくれている。キツネやたぬき、野ウサギ、モグラ、カスミサンショウオ、マムシ、ヤマカカシなどの他、この季節はウグイスやキツツキが大いに賑やかしてくれている。また新たな大物の獣の訪れも確認できている。この大物の獣については、何とか写真撮影に成功したあかつきに、このコーナーで紹介できればと思っている。

荒れ放題の庭で、最近はその中に獣道があるのも確認した。庭の中に獣道を有する家は少ないのでは?など自分自身はそのことを大いに自慢したい気分である。決して広くは無い庭であるが、裏が山である為にこのような自然の動物の訪問があるのだろう。しかしそれよりも何の手入れもせずに荒れ放題になっているところが、多くの動物が現れたり、野生の山野草を見ることができることの要因になっているのかもしれない、など考える。やはり自然に残すのは大事なことなのだ‥など改めて思ってみるが、実のところは単に草刈などの手入れが面倒なだけだったりもする。まあいずれにしても、身近な所で大好きな花を見ることができることを、何よりも嬉しく感じている今日この頃なのである。








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【2008/07/20 20:49】 | 自然・動植物 | page top↑
#156 林道からの風景(林道国見線)
~林道からの風景(林道国見線)~

伊吹山の北に位置する国見峠(標高839m)、そこを頂点にして滋賀県と岐阜県を結ぶのが『林道国見線』。ここを初めて訪れた時に、幸運にも熊と出会うことができたということで、私にとっては大変思い出深い林道だ。しかしこの時は、落石や当時の車事情などで、峠まで行くことができなかった。この林道、滋賀県側からのアプローチに関してはどうも私とは相性が悪いようで、その後何度訪れても工事中で入れなかったり、通行止めになっていたりして拒絶されてしまう。結局初めて峠まで行けたのは岐阜県側からのアプローチで、この時も峠を滋賀県側に下って程なくして盛り土の為通行できなくなっており、岐阜県側へ引き返し、滋賀県側には嫌われることとなってしまった。それ以降も、なんとか滋賀県側からのダート道で峠に到達したいと思っていたのだが、時の流れとともに遂に全面舗装工事が始まってしまい、かなわぬこととなってしまう。工事終了の情報も入ってはいたのだが、全面舗装路に今ひとつ関心がわかずに、ずっと手つかず状態となっていたのである。

訪れたのは夏の日差しの強いある日、もちろん全面舗装は覚悟の上のことだった。姉川の支流の足俣川が合流するあたりが、林道起点へのアプローチの始まりとなる。青々とした稲の葉が伸び、それが風に揺れて波打つのが実に美しいのどかな山村風景がそこには広がっている。水田の周りには獣除けの電線がはられており、狭い道であるので走行にも気を遣う。1,5車線の舗装路は田を抜け、川沿いの道へと変わり、やがて川を谷の下へと追いやった頃に林道を示す看板に出合う。ずいぶんといたんでいる看板だが、まだまだ現役のようだ。そしてここらから勾配が強くなり標高を上げてゆく。

林道へ行く時の楽しみの一つに、そこに咲く花を見ることがある。この日印象的だったのが、濃い緑の中にポツンと咲いている紫陽花、そしてこの時期よく見ることのできる合歓の木の花だった。山で見る紫陽花はガクアジサイが多いのだが、ここではごく一般に見る‘普通の紫陽花’が咲いていた。鮮やかな緑の中で、青い花がやけに目立って美しい。また、赤から白へのグラデーションの美しい合歓木の花、この日は標高を上げるまではけっこう見ることができ、心なごませてくれた。せっかくなので写真におさめようと思うのだが、風がその繊細な花びらを揺らしてしまう為うまく撮ることができない。しばらく待つが風は花を揺らし続ける。仕方ないと撮影を諦めると風が止む、それならと再び撮影しようとするとまた風が吹く、ということを何度か繰り返す。このように写真撮影の時は少々うとましく感じてしまう風であったが、撮影を離れて木陰に入った時には何とも心地よい涼を与えてくれ、心地よくしてくれるのだった。

標高を上げてゆくと視界が開け、この日一番楽しみにしていた‘裏伊吹’が見えてきた。季節のせいか、かなり霞んでしまっているが、周囲の山々から抜き出たその姿はやはり美しい。霞がかかっているとはいえ、頂上の碑やドライブウェイを走る車の姿もはっきりと見ることができる。伊吹山を主人公としたその広がる山々の景色を独り占めにしながらのんびり昼食をとることにする。間違いなくこの日の最高の贅沢であった。時折車やバイクが通るが、あたりは本当に静かなままに時が流れてゆき、しばしの間、その心地よい雰囲気に思いっきり浸ることができた。

全面舗装された林道国見線、道を走る楽しみは味わえないものの、その風景の美しさは健在で、この日も大いに心癒やされた。車を停めてゆっくりと林道を歩き、植物にふれ景色や自然を味わう。木陰で、林道で、峠で爽やかに風を感じる。日常のわずらわしいことが全て吹き飛んでしまいそうな、この至福の時を与えてくれることにひたすら感謝する。こんな時、普段はしかめっ面しかしない私のような人間でも、たぶん何とも嬉しそうな表情をしていることだろう。

道の先にはいろいろなものが待っている。そしてそれらのものは、いろいろなものを私たちに与えてくれる。そのことが心地よく、またいろいろな道を行きたくなってしまう、のである。











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【2008/07/14 06:31】 | 林道 | page top↑
#155 山村『久多』で思うこと
~山村『久多』で思うこと~

京都と滋賀の県境近くにある『久多』(京都市左京区)という集落を訪れた。前に来たのは約15年も前のことで、その頃に撮った写真が見当たらず、ほとんど記憶にも残っていない。ただ頭の中で「静かで美しい山村だったなぁ‥」という印象だけが穏やかに残っている、そんな感じだった。

訪れたのは久多の集落の中心の『下の町』『宮の町』周辺。道沿いに流れる川、決して川幅は広くは無い。早速のぞきこんで見ると魚の姿が見える。背中の斑点に胴の縞、それに赤い斑点。どうやらアマゴのようである。山深くに流れる川に見られるこの魚が普通に見られたことに、なぜか嬉しくなってしまう。周囲が山や木々の緑に囲まれ、静かな集落の中を川が流れるこの風景、本当に心癒される美しき山村の風景といった感じだ。以前見た時の印象は、この風景を見たものだったのだろうと一人納得する。

川の向こうにはグランドが見える。その寂しい様子から、一目で‘元・学校’ということがわかる。周辺に校舎らしきものが見られないのは、既に廃校となってかなりの年数が過ぎているからか‥。このことをどなたかにうかがおうかと思って周囲を見渡す。しかし周辺に人の姿は無く、あきらめる。簡易郵便局があるにはあるが、わざわざ仕事を中断させてしまってまでうかがうには申し訳なく思い、車に戻り先に進むことにした。

ふと見ると大変美しい茅葺き民家が見える。ちょうどそこにお住まいの方が出ておられたので「こんにちは」と挨拶を交わし、先程の学校のことを尋ねてみた。その方のお話によると、川向こうの‘学校のグランド’はやはり学校のグランドで、以前は川の向かいの郵便局のあった辺りに小学校と中学校があったという。残念ながら小学校の校舎はもう取り壊されてしまっていて、今はもう見ることはできない。中学校の方は建物を改築して、お年寄りの方の施設として現在は生まれ変わっているのだという。「わたしもそこによう行かせてもらいますんやわ。昨日も行ってきましたんよ」ということだそうだ。そういえばさっきそのような、何となく学校を思わせる風の建物があったなぁ‥など思い出す。ちなみに廃校後、ここの子どもたちは遠く大原の学校まで通っていたそうだ。そして現在も数人の子どもたちが集落にいるのだが、この子達は今は大原ではなく滋賀県の大津の小学校へ通っているという。京都の子が滋賀の学校へ通う。距離は滋賀のほうが近い。以前はこの越境が受け入れられなかったそうだが、今は大津側も受け入れてくれている。その背景には、そちら(大津)の学校も生徒数が激減している、という事情があるのかもしれない。

それにしてもこの方のお住まいの茅葺き家屋は実に美しい。「写真、撮らせていただいてよろしいですか?」とうかがうと「どうぞ、どうぞ」と快い返事がいただけた。しかしその後に続いたことばに、思わず考えさせられてしまった。要約すると以下のような感じである。‘最近、何も言わずに勝手に家のすぐ近くまで来てカメラを構える人が多い。中には開いている窓から家の中を覗き込んだりする人もいて、本当に気味悪く思う’というような感じだ。

夏の暑い時など、心地よい涼をとろうと窓を開け放してくつろぐことはよくあること。そんな時、いい気持ちでウトウトしていると、ふと人のザワザワする声が聞こえてくる。そちらを見ると窓から見知らぬ何人かの人間が中をのぞいている。こちらを見て何か話している。そして手にはカメラ‥。それは驚くだろう。今のご時世、高齢者の方でなくても、そんな状況に遭遇したら本当に不気味に感じてしまうはず。

一言、声をかけてくれたらいいのに‥

私もよく山村を訪れて写真撮影をする。しかし写される方にしたら‘見知らぬ人間が何をしに?’という感じである。あまり風貌のよろしくない私など不審者と思われてしまうのが普通だ。そうなってしまわないよう大事なことを忘れてはいけないなぁ‥ということを強く感じたりするのである。











追加:久多小・中学校は昭和56年3月31日に一時閉鎖されて、通学区が大原小中学校に変更されています。さらに平成6年の4月1日からは、滋賀県の大津市立葛川小・葛川中に子ども達は通うことになったとのことです。


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【2008/07/04 01:30】 | その他山村・廃村・自然 | page top↑
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