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#165 秋の色(在原にて)
~秋の色(在原にて)~


秋の色が見たい。そういう思いを持って訪れたのが、滋賀県のマキノ町の山間の集落『在原』。茅葺集落として有名で、観光案内の雑誌などでもよく紹介されてはいる。しかしあくまでもここは普通に人が住む集落であり生活の場。一般のイメージで言う‘観光地’というわけではない。

以前ここで見た‘ソバ畑と古民家の風景’が忘れられず、この時期になるといつもこの『在原』のことを思い出す。昨年は残念ながら訪れることはできなかったが、今年はうまく時間を取ることができ、早速の訪問。紅葉にはまだしばらくの時間がかかるのであるが、この時期独特の爽やかな秋の色も実に素晴らしい。畑一面に咲く真っ白なソバの花も、そういった爽やかな秋の色の一つ。周囲を見渡しても、少し前までは猛威を振るっていたあの暑苦しい夏の重々しい緑の色はもう無く、変わって爽やかで軽やかな緑の色が集落を彩っている。

休みの日だが、観光客の姿はほとんど無い。時おり思い出したかの様に外部からの車が通り、そしてサイクリングのグループやハイキング客が訪れる、そんな感じだ。空き地を利用した駐車場に車を停めて早速ソバ畑に向かう。小さな集落のこと、決して広範囲にソバ畑が広がっているわけではないが、それでも小さな畑に植えられた満開のソバの花の白さは際立ち、すぐに訪れる者の目にとまる。畑に近づくとソバの小さな白い花が細かく見え、そこだけを見るとその無数に咲く花が何ともにぎやかだ。そして畑の向こうに茅葺家屋と曇りがちの秋の空。何はともあれこの日の目的の満開の白いソバの花を見ることができたことにホッとし、それと茅葺家屋が作り出す秋の風景にしばし浸る。

この日はソバの白い花の他にも秋の色を見ることができた。道端に控えめに植えられた白やピンクのコスモスの花。道に落ちたか落とされたかわからないが、黄緑から茶色に変わろうとしているイガ栗や各庭々に植えられた様々な色の花。変わったところでは、秋の空をバックに巣を張る黄色と黒の女郎蜘蛛。この時期に成熟期をむかえるこの蜘蛛は、体も大きく色鮮やかで秋の色を彩る。また葺き替えられた茅葺屋根の一部黄金色というのも、それら秋の色にワンポイントを与えている。

たまたま空いた午後の時間を使っての訪問は、短い時間であったが秋の色を十分に満喫することができた。山間の隠れ里とも思えるようなこの小さな集落に人々が訪れ心癒やされる、このことに納得しながら集落にある蕎麦屋で蕎麦湯をすするのも心地よかったりするのだった。










http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2008/09/29 06:45】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#164 小入谷林道を味わう
~小入谷林道を味わう~






「秋!」という字を使うには、まだ気が引ける感じのする秋晴れのある日、私の大好きな林道‘小入谷林道(林道小入谷線)’を訪れた。滋賀県に残る数少ない、峠越えの未舗装林道だ。ここ20年程の間だけを見ても、多くの未舗装林道が次々と舗装されて姿を変えている。これを時代の流れというだけでは何とも割り切れない感じがしてしまう。そうした中、今なおダートを味わえる小入谷林道は、本当に貴重な存在なのである。

訪れたこの日は3連休ということもあり、林道起点までの道はいつもと比べると車が多い。山間部の細い道にキャンプ、釣り、川遊び、帰省、ドライブなど様々な目的の車が入ってきていて、離合困難な場所では待たされることも多い。その混雑からようやく解放され、滋賀県側の起点となる『小入(おにゅう)谷』の集落に着いた時はちょうど昼。もう少し早く出たら良かったなぁ‥など思うのはいつものパターンだ。

集落のある小入谷から見上げると、山肌に林道が通っているのがわかる。それはまるで山肌につけられた傷跡のようにも見える。これも自然破壊か‥。そこを排気ガスをまき散らして走る自分はもっと自然破壊。今の人間は、存在自体が自然破壊‥などなど考えるときりがなくなってしまうので、素直に控えめに林道走行を楽しませてもらうことにする。そういえば林道のビューポイントからもこの集落あたりが見えるなぁ、など思いながら起点をスタートした。

この林道を走って期待外れだったことは一度もない。走り慣れた所であるのに、風景が四季折々とても新鮮に感じるのである。また天候によっても雰囲気が大きく変わる。真夏とは違った木々の緑には、少しばかりの秋の色を感じる。標高を上げるにつれて開放的な風景になり、白い雲のある青空が何とも爽やかに広がってくる。春に見られるような花は見ることはできなかったが、この日は風に乗って舞う植物の種を運ぶ綿毛が美しく林道の風景を作っていた。何度もビューポイントに車を止めて、林道からの風景を思いっきり味わう。先ほど下から見た小入谷の集落が下界に見える。そこに向かってクネクネとのびる林道も、いかにも林道らしい風景。日頃のストレスは、これだけでも一気に吹き飛んでしまう。本当に来てよかったと感じる至福の一時なのである。

一部路面の荒れているような所もあるが、注意深く走れば十分に普通車でも走行できるので、自然を味わいに入ってくる車も少なくない。下界を見下ろしていると、普通車がゆっくりと上がってくるのが見えた。実に慎重な運転は、引き返すタイミングをうかがっている感じがする。また途中の祠では、腰を下ろしてのんびりと休憩する人の姿もあった。オフロードバイクの姿はこういう所では珍しくないのだが、なんとカブで林道走行する人の姿も見ることができた。ゆっくりとガタガタの坂道を上ってゆくその姿が、何とも優雅に見えてしまうのもこの林道ならではという感じがする。さらに驚いたのが、走って林道を下ってゆく人がいたことである。リュックを背負って休み無く走る姿は、思わず見とれてしまう程のスピード。福井県から峠を越えてきたのだろうか、全くペースを乱すことなく未舗装路を駆け下りてゆく二人は、あっという間に視界から消えていった。不健康な私には考えられないことで、ただただ驚くばかり。もちろん普通のハイキングのグループとも出会った。峠ではオフロードバイクに乗った年配の方が、のんびりと休憩している。そこに普通車が現れる。降りてきたのは年配の方のグループで、楽しそうに峠の碑の前で記念写真。ワイワイと本当に楽しそうだ。これらの、いつもとはちょっと違う林道の風景、人それぞれの思いを持ってこの林道を訪れているということを改めて感じたりする。

この日、小入谷林道で様々な人の姿を見た。さすが秋の三連休といった感じだが、それぞれがそれぞれの形で秋を、林道を、そして自然を楽しみ味わっているということがよくわかった。もちろん自分もその内の一人。こういった場があることに感謝するとともに、この先も長く、多くの人が自然を楽しみ味わえる場でいてくれることをただ願うのである。









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【2008/09/16 22:30】 | 林道 | page top↑
#163 寝そべった金次郎像
~寝そべった金次郎像~





金次郎像といえば、仕事の合間にも寸暇を惜しんで学ぼうと、背中に薪を背負い勉学に励む姿‥のはず。しかしここの金次郎は少し違っていた。何と金次郎が寝そべって勉強をしているではないか。私たちが目にする金次郎像の全てが、薪を背負って歩きながら本を読むスタイル。ちょっと珍しい金次郎像だ。二宮金次郎像については、掘り下げれば深い意味があるようであるが、「金次郎さんのように勤勉・勤労な姿勢を見習いましょう」というのが一般的。その金次郎が寝そべって本を読むなど言語道断。

実は種明かしをすればこの金次郎像、両足首の部分が折れてしまって台座から金次郎がとれてしまってこのように置かれているのだった。決して金次郎さんが怠慢して腰をおろしている訳ではない。しかしこれはこれで普段見慣れない金次郎の姿に、何か不思議で新鮮な感じがしたりもした。たまには休憩しながらもいいじゃないか、そんな感じだ。それにしても少し像の角度が変わるだけでも、ずいぶんと違った感じに見えるものなのだなぁと妙な所で感心してしまう。

この金次郎さんを見たのは、滋賀県との県境近くの岐阜県の旧坂内村川上地区の坂内小学校川上分校。昭和58年に休校そして冬季分校となり、昭和63年にその冬季分校も休校となっている。もちろんもう校舎も残っておらず、今は新たな建物が建てられている。校庭の隅に遊具が少しと、この金次郎像が残るだけだ。ちなみにこの分校、その昔は今の場所よりもう少し上手にあった。しかし昭和14年の雪崩により校舎が押しつぶされてしまい、この場所に新たに校舎が作られたとのこと。地元の方にうかがったところ、この金次郎像が折れてしまったのもやはり大雪が原因という。こちらは今から2~3年前のこと。この地区の自然災害の厳しさを物語るエピソードである。

で、この金次郎像、ふと台座を見ると「寄贈、株式会社間組」と書かれてある。「なぜ建築大手の間組が金次郎を?」など思っていたが、地元の方のお話でその疑問はすぐに解けた。実はこの川上地区の少し上手の坂内川上流に神岳(かみがだけ)ダムというダムがある。1934年着手、1935年竣工のこのダム工事を請け負ったのが間組。そしてその際に、坂内小学校本校と川上分校にそれぞれこの二宮金次郎像が間組より寄贈されたということだ。寄贈は昭和11年というから今から73年前、もうずいぶんと古い話である。早速、坂内川をさかのぼり神岳ダムを見に行った。日頃見慣れた大規模なダムとはまた違ったこじんまりとした雰囲気で、何ともレトロな感じがして少し不安な感じもするのだが、今でも立派にダムとしての役割を果たしているようだ。発電用水の取水だけではなく、長きに渡って豪雨の際には下流地域を土砂災害から守ってきたのだろう。遠い昔から豪雪や山崩れ、地すべりなど自然災害と戦ってきこの地域、一見穏やかで平和な山村の風景だが、その裏にはこういった厳しい自然との戦いの歴史があることを忘れてはならない。

揖斐川町のサイトの坂内小中学校のページを少し調べてみた。かつての川上分校の本校である坂内小中学校だが、現在、小学校が3学級(複式学級)で全校児童17人、中学校が3学級で全校生徒9人というように非常に小規模校となっている。川上地区にも小学生が3人おられるそうだが、その子達が卒業してしまうと川上地区の小学生はもういなくなってしまうという。そのことを語る時の地元の方の寂しげな表情が、今もずっと心に残る。自然との戦いには心折れることなく向かっていった人々であるが、過疎との戦いにはその術が見つからない、というのが山村につきつけられたありのままの現実なのかもしれない。







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【2008/09/08 20:04】 | 岐阜県山村・廃村・自然 | page top↑
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