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#198 県下一の小さな学校は今?
~県下一の小さな学校は今?~






間もなく卒業式の季節を迎える。最近、この時期になるといつも思うことがある。それは「この春が最後の春」となる学校が、今年は全国でどれくらいの数になるのだろう、ということ。ここのところ毎年この時期になると、統廃合により長い歴史の幕を閉じる学校の話題が、地域のニュースや新聞で取り上げられる。それは山間部の過疎化地域だけではなく、都市部にも多い。また校種も小学校から大学まで様々。おそらくこの春も、最後の卒業生を送り出すという学校が、全国でかなりの数になるに違いない。





数年前、ある小さな小学校を訪れた。周辺の川の水が大変美しい学校だった。静かな山村にあるその学校の名は、長野県の阿南町立和合(わごう)小学校。立ち寄った時、たまたま運動会がグランドで行われていたので、少し見せていただいた。学校の運動会という割にやけに人が少ない。しかも小学校だけではなく、町民、保育園との合同の運動会というのに・・。人が少ないことを不思議に思ったものの、少しして「全校児童6人なんですよ、県で一番小さな学校!」という地元の方のことばを聞いて大いに納得。しかもその声が、やけに元気のある声だったのが不思議な感じがしたり、嬉しく感じたり。その時の様子は『たまに一言#81』で紹介させていただいているので、ご覧いただければと思う。運動会を見学したのはわずかな時間であったのだが、その何ともあたたかい雰囲気に当時、大いに感動したものだ。美しい川、静かな村そしてあたたかでこじんまりした運動会、その時の様子は今も私の心の中に強く残っている。





その後も、たった6人の学校のことが気になりしばしばネットなどで調べたりしていたが、慌ただしく過ぎる時間の中で、そのこともいつしか日々の記憶の中に埋もれていってしまっていた。そして卒業式のシーズンを迎える時期になり、消えゆく学校のことを思ううちに「あの時のたった6人の学校」のことが思い出され、気になって早速調べてみた。『もしかして・・」という心配の中、ネットで検索してみると・・あった!今年度も和合小学校は元気だった。しかも今年度(2009年度)は3人もの新入生があり、生徒数も10人に増えていた。そしてそれに伴い、先生の数も1名増となっていたのである。





早速、学校ホームページの「学校だより」を見せていただいた。そこには入学式や様々な行事での子どもたちの元気な姿や笑顔の写真をたくさん見ることができた。なんだかその様子を見ると、思わず心温かくなってくる。もちろん子どもたちや先生、村の人たちも一緒に写っている。何とも生き生きしたその表情、それらが全て見るものに伝わってくる。本当にすがすがしい気持ちになってくるのである。まるで和合に流れる清流や山の緑、澄んだ空気、自然そのままのすがすがしさだ。そして、そういう環境の中で幼少時代を過ごす子どもたちを心からうらやましく思ってしまった。きっとこの先、大きくなって故郷を離れることになったとしても、ここで育った子どもたちにとって、この時期の体験や故郷への思いは一生の財産となることだろう。

いろいろな学校のサイトを見たりするが、学校のサイトも様々。子どもたちの様子をそのまま写真で伝えているもの、できるだけ個人が認識されないような写真を使っているもの、個人と認識されそうな写真には画質を劣化させたりモザイク処理などをしているもの、そして子どもの写真はサイトなどでは使用しないもの・・。今の時代、どれが良くてどれが悪いなど言えないだろう。しかし、見せ方によって見る側に伝わってくるものの違いが大きいことは間違いない。背景にある様々な問題を考えずにそれらサイトを見るとしたら、多くの人たちが求めるものが何なのか、多くの人たちが温かく感じるものは何なのか、は明らかなこと。しかしそれらが素直に表現できないところに、すがすがしくない今の社会の悲しさがあるように感じたりする。





今年は、この和合小学校から何人の児童が卒業するのだろう。そして新年度には何人の新入生が入ってくるのだろう。今、4年前に撮影した運動会の写真を見てみると、小学校に入る前の小さな子どもたちの姿も何人か写っている。この中にはきっと今年の4月に小学生になる子もいるはず。新春は、全児童数何人でスタートするのだろう、県下一小さな学校という称号??は今年も引き継がれるのだろうか、等々よそ者の自分であるが、思い入れを強くしてしまうのである。






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2010/02/15 23:22】 | その他山村・廃村・自然 | page top↑
#197 鈴鹿の廃村『向之倉』にて思うこと
~鈴鹿の廃村『向之倉』にて思うこと~






久しぶりに訪れた芹谷の集落『向之倉』。人が住まなくなって40年が過ぎようとするこの鈴鹿の中腹にある集落跡も、流れゆく年月とともに家屋たちが次々と崩壊し、ついにあと1軒を残すのみとなっている。そしてその最後に残った老家屋も大きくゆがみ、少しの負荷がかかっても崩れ落ちてしまいそうな状態。20年ほど前に初めて訪れた時は、当時残っていた寺もまだ寺らしい佇まいを見せており、集落にも人の温かみを感じることができた。「人がいるのかな?」そんな風に感じたほどである。しかしその寺も今は姿は無く、石垣と残骸が残るだけとなっている。





訪れたこの日は、冬としては暖かい日。廃村へ至る林道の大部分は路面が顔を見せ、山の影になる部分にだけ雪が残るという状況。落石と所々に残る雪に注意しながら九十九折りの林道をのぼっていく。林道の終点となる集落前の空き地は、湿った雪ではあるが全面が白く覆われ、Uターンする車の轍の跡にのみ雪が解けて路面が見える状態。私が訪れた時に1台の車が停まっており、そこに無線機を持った男性が一人。一目見てハンターとわかるいでたちだ。どうやら猟は終わったものの、パートナーである犬たちがまだ獲物を追ったまま帰ってこないということらしい。そういえば林道途中でも、犬を荷台に積んだ軽トラックを見た。その人たちと連絡を取り合って、発信機をつけた犬の位置を確認しあっているようだ。そのハンターと少し立ち話。この日、害獣駆除ということで鹿を撃ちに来たが、鹿の姿を見るまでに至らず帰るところだったという。

山をうろうろしていて猟犬と出会うことは珍しくない。中には飼い主とはぐれたままで、やせ細ったまま山をさまよい歩く犬もいる。取り付けられた発信機がそのままの状態になって主を捜し続ける犬たち、その姿は何とも哀しいものだ。人を見るとやはり恋しくなるのか、はぐれた猟犬たちは近寄ってくる。つかの間の空腹を癒す食べ物を与えたところで彼らを連れて帰るわけにはいかず、いつも後味の悪い思いでその場を去ることになる。この日の犬は、その後幸いにもすぐに見つかったようである。二匹の白い犬ということしか聞いていなかったが、ホッとする犬たちと二匹の主の姿が思わず浮かんで安心する。









久しぶりに『向之倉』を散策する。影になる部分は雪で覆われている。しかしその上を歩くとすぐに靴底が地面に達する。水分の多い、薄く積もった雪だ。夏場は雑草に覆い隠されているために見えない部分が、この時期には見ることができる。訪れるたびに目にしていた自転車の残骸も、この日は何にも邪魔されること無くその姿を見せていた。しかしこれを見ていつも疑問に感じる。この自転車は集落の人たちが使っていたものなのだろうかということ。不法投棄にしては奥まった所にあり、型も古い。じゃあ集落の人が使っていたものなのだろう、かというとそうも思えない。なんせ、この『向之倉』という集落は今でこそ車で登れる林道があるが、林道ができたのは廃村後ずっとたってからのこと。それまでは芹谷の谷底から登る細い山道があっただけ。そんな所から自転車を担いで上り下りをするとは考えにくい。もちろん集落内を自転車で走り回るということもあり得ないというか、必要の無いこと。じゃあ一体何なんだろう、など思うがいつも結論は出ない。





集落最後に残った老家屋を見に行ってみた。大変立派な茅葺家屋であったことは、崩れかかった今の様子を見てもすぐにわかる。醸し出す威厳は今も十分に感じることができるのである。やはり崩れかかった門に目をやる。すっかり崩れてしまっているが、原型はまだとどめており、柱の所には郵便受けと思われるものが今もその形を残す。郵便配達人もしくは新聞配達人が、この山の集落まで毎日上り下りして配達していたのだろうか。今では考えられないことが、昔の生活の中では当たり前のことであったというのはよくある話。この山の集落『向之倉』にも、谷底からの山道を何十分もかけて上り下りした配達人がいたことだろう。





廃村などを訪れていると、そこに残されたものから当時の様々な生活を感じることができる。生活を思い浮かべると、そこには人の姿も浮かんでくる。しかしそれは、今を基準にしたイメージにすぎない。現実は、今思い浮かべる当時の姿を遙かに越えた厳しいものだったのだろう。しかし「そういう生活、つらくなかったですか?」と廃村となった集落に住んでいた方にうかがった時、多くの方から「それが当たり前だったから、つらいとか思ったことはない。」ということばが返ってくる。その時の‘当たり前’は、時代とともに変わってゆくもの、時代を反映するもの。その時には正しかったことでも,時代が変わると悪に変わってしまうことも歴史を振り返ると珍しいことではない。





それでは今の時代の‘当たり前’って一体何なのだろう、など考えてみる。するとこの‘当たり前’ということば、なかなか深い意味を感じ、いろいろなことを考えさせてくれる。時の流れとともに変わるべき‘当たり前’、変わるべきではない‘当たり前’様々あると思うが、それらが区別無く変わっていってしまっている今の時代は、未来に向けてのどのような礎となっていくのだろう、など考えてみたりもするのである。






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
【2010/02/06 12:12】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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