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#206 鵜川村井林道で思うこと
~鵜川村井林道で思うこと~






前々回のこのコーナーでお伝えした小入谷林道、その時にも書いたが、もし滋賀県林道ランキングのようなものを作るとしたら、私の中で小入谷林道は文句無しのナンバーワンの未舗装林道だ。周囲の景観の美しさ、走る楽しさ、道としての存在感、距離・・どれをとっても文句はない。以前はこの小入谷林道のように、隣接県とを結ぶ未舗装林道が県内にもいくつかあったのだが、栃ノ木山中林道、国見林道、鳥越林道、安楽越え・・等々、次々と舗装され、自然に溢れたかつての景観を失ってしまっている。そうした中でこの小入谷林道は大変貴重な存在で、休日など訪れる人も少なくない。いろいろな雑誌などで紹介されているのも、その自然溢れた美しさゆえのものなのだろう。この先も今の状態が保たれることを祈るばかりである。









ところで今回の鵜川村井林道、上の2枚の写真のように以前は全面未舗装のなかなかワイルドな林道だった。旧地名で言うと滋賀県湖西地域の高島町と朽木村を結ぶ山越えの林道で、走っていてもおもしろく、このあたりを訪問した時は必ずと言っていいほど訪れていたものだった。琵琶湖岸近くの集落『鵜川』から出発し、名も無き峠を越えて下ってからは、ガリバー青少年旅行村のある『鹿ヶ瀬』あたりで一旦林道を離れる。そして美しい田園地帯を少し走り、『畑』の集落で再び林道に入って山頂近くに掘られたトンネルを抜けて朽木村の『村井』へと到る。走る面白さだけではなく、R161からR367へ抜けるルートとしてもけっこう便利だった。

実はこの林道、景観もなかなかのものなのである。『鵜川』周辺の段々畑に始まり、標高を上げると琵琶湖を臨むことができ、そこからちょうど対岸の沖島(近江八幡市)を見ることができる。この沖島、淡水湖に浮かぶ人の住む島として全国的にも珍しいそうだが、残念ながらまだ訪れたことはない。また夏にはマリンスポーツを楽しむ様子が、広がる湖面に豆粒のように見えたりもする。琵琶湖から吹き上げる風を感じながら、こういった琵琶湖の景観を味わうのもなかなかのものなのである。









琵琶湖の風景に別れを告げ更に進むと、今度は先程の琵琶湖とは反対方向に下り始め、『鹿ヶ瀬』『黒谷』などの山の集落が眼下に見えてくる。もろい岩肌が剥きだした山の斜面の独特の雰囲気と、田んぼの緑に囲まれた小さく見える集落の美しさは特徴的で、いかにも林道に来たという気持ちにさせてくれる。未舗装時は、これらの景観の美しさに加えて大小のゴロゴロした石が路面を覆ってスリルと迫力も味わうことができたのだが、今は残念ながらそれを味わうことはできない。









ここが舗装されて既にかなりの年数が過ぎている。もうスリルと迫力ある走りの楽しさを味わうことはできないが、それでも林道からの景観の美しさは今も健在で、訪れるたびに楽しませてくれる。また、林道からの景観の美しさだけではなく、起点周辺の風景も大変美しい。訪れたこの時は、集落の田んぼの稲の緑や周囲の山々などにしばし見入ってしまい、小一時間ほど写真撮影に没頭してしまった。周囲の景観だけを見ると、小入谷林道には及ばないまでも上位にランクされるのは間違いないところである。





そういえばこの林道の特徴的なものとして『畑』から『村井』の山越えのトンネルの存在がある。こういう所のトンネルとしてはけっこう立派なのだが、天井に設置されたライトはいつも消えていて、入り口から中をのぞいても真っ暗で先が見えない。通行止め??行き止まり??など、通る時はいつも不安になる。何か、中に入るなり奈落の底に落ちてしまいそうな、そんな感じの何とも不気味な雰囲気だ。まあこうこうとライトが点いていると、かえってこういう所では不気味なのかもしれないが、いずれにしてもマニアにとっては恰好の心霊スポットとなりそうな感じの所。またトンネル内のセンス無い落書きも興ざめだ。不法投棄同様、これも舗装化が生み出す功罪のうちの罪の一つなのだろう。どこかにアート気取りのようなものもあるのかもしれないが、そこには器物損壊行為以外の何ものも感じない。





小入谷林道と鵜川村井林道、いずれも本来は大変美しい道で、甲乙つげがたい魅力をそれぞれが持っていた。美しい景観は、どちらの林道も今なお健在。しかし走っていて得られる印象は時間の流れとともに両者で大きく変わってしまった。そしてこの二つの林道を比較すればするほど、小入谷林道の貴重さを再認識するのである。






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【2010/08/30 00:44】 | 林道 | page top↑
#205 お盆、そして土倉鉱山跡
~お盆、そして土倉鉱山跡~






今年もお盆の時期には各地の高速道路や交通機関で、お盆休みの帰省ラッシュによる多くの渋滞や混雑が発生した。人混みや渋滞などが苦手な私にとってこれらの状況は苦痛以外の何物でもないのだが、少し見方を変えて‘お盆’を見てみると、これら苦手な渋滞についても印象が変わったりする。

そもそも‘お盆’とは?という話になると、便利なこの世の中、インターネットで少し調べるとすぐにたくさんの情報を得ることができる。起源がどうのということは置いておいて、今の時代のお盆の認識としては、宗派や地域によって様々な形で行われてはいるものの、大まかには「家族や親族が集まって、ご先祖を供養し、亡き人をしのぶ仏教的な行事」ということになるのだろうか。またお盆に、キュウリの馬とナスの牛を作ってお供えするところがある。これは、亡き人の精霊がキュウリの馬に乗って早く帰ってきてほしい、そして帰りは名残惜しいからナスの牛でゆっくりと帰ってほしい、という願いからだそうだ。一見正体不明の不思議な人形も、実は亡き人を思う、残された者の思いが込められているのである。

無宗教の私であるが、このキュウリの馬とナスの牛の人形の由来について妙に納得する部分があったので、一度この馬と牛を作ってみることにした。残念ながら私はこういったお盆の行事を幼い頃に一度も経験したことがない。幼い頃にこういう経験をしていたら、お盆やこれらの手作り馬や牛についてはまた違った印象があったのだろうなぁ・・など思いながらも、作ってみると、今の自分でも何か響くものがある。牛が何とも豚のような牛になってしまったり、馬が首長竜のようになってしまったりはあるが、その愛らしい姿に魅かれるだけではなく何か感じるものがあるのだ。今は亡き愛する人や今の自分を護ってくれているご先祖様、これらの精霊が、お盆のこの時期にキュウリの馬でやってきてナスの牛に乗ってゆっくりと帰ってゆく、そして迎えた者たちはそういった精霊たちを敬い感謝の意を表す。そう考えただけでも、何か心洗われる気持ちになったりする。





お盆のこの時期、お盆休みを利用して海外や国内への旅行をする人は多いだろう。しかし今のこの時代になっても、全国の多くの会社が休みとなり、そして休みを取った人たちの多くが一斉に故郷に帰って亡き人やご先祖様を思い、手を合わせる。これは何百年と続いている我が国の伝統的な風習が今も生きているということ。それを大事にしているがための‘お盆ラッシュ’。そう思うと高速道路の大渋滞も見方が変わるのである。





お盆のある日、亡き人を偲び、土倉鉱山を訪れてみた。最近は土倉を訪問しても選鉱場にはあまり行かず、住居跡を主にまわる。幸い住宅の基礎や無雑作に積み上げられた柱、トイレの便器や流し台など、当時のものを思わせてくれるものが今でも一部残っている。住居跡の端にある、昭和34年の伊勢湾台風災害の慰霊碑にも訪れてみる。春に訪ねた時には花が供えられていたが、残念ながらこの時期は雑草が多く慰霊碑には近づくことができない。遺族や関係者の方が訪れたら「せめてお供えでも・・」と思われるだろう。しかし高齢者の方ではこの雑草や足場の悪さは大変危険で、とても近づくことは無理だ。慰霊碑ができた昭和35年当時は土倉鉱山にも多くの人が住んでいた。慰霊碑の周辺にも多くの住宅が建ち並び、こういう状況になるなんて思いもよらなかったことだろう。ただ今のこの状況、仕方ないとはいえ何とも恨めしく感じたりする。









まだ少し時間があったので選鉱場にも行ってみた。するとそこに5~6人ほどのグループ。小さな子どもからおばあちゃんまで、どうやら一族三世代の人たちのようだ。あいさつを交わすと一番年配の方から「土倉にいた人ですか?」と尋ねられる。「いえ、違いますよ」と答えると少し残念そうにされていたが、それをきっかけに少しお話をうかがう。この方たちは土倉鉱山で働いていた人たちではなく、下の集落に住まわれていたとのこと。幼い頃、土倉の子どもたちと同じ学校(杉野小学校)に通っていたという方は、懐かしそうに「土倉は都会でしたよ」と言われる。当時としては大変珍しい映画館や銭湯など、周囲の村々には無い進んだ施設は、幼い目には大変新鮮に映り、土倉に行くことがとても楽しみだったという。そして、お盆のこの日は、「なつかしくて久しぶりに見にきた」とのことだった。





伊勢湾台風時のことをうかがってみた。するとその方が「同級生の方が亡くなって、教室の机の上にお花を置いてあったのを今でもはっきりと憶えています。」「でも、まだ小さかったのでどういうことなのかはっきりとわかっていなくて・・」と語る。「9人亡くなりました。9人でしたよ。」と言うのは一番年配の方。もう50年、半世紀も前のことだが、この地で起こった悲劇のことが二人の中には今も強い印象として残っているということは、その口調からもはっきりとわかった。もう少しお話を伺いたかったのだが、真夏の暑い中、しかも小さなお子さんもおられるということもあり、早めに切り上げることにした。

土倉の出身ではないが土倉を懐かしみ、お盆のこの時期に訪れたこの方たち、雑草に覆われ崩壊が進みつつある選鉱場跡を前にして何を思ったのだろう。友だちとの懐かしい思い出、楽しかった映画館や銭湯のこと、にぎやかな住宅の風景とたくさんの土倉の人たち、そして閉山時に全国へ散っていった友だちとの寂しい別れ・・多くの思いとともに当時の映像が蘇っていたのかもしれない。今の荒れた風景しか見えない私にとっては、その頃の活気ある鉱山の風景と今の鉱山の風景が重なり合えることを少し羨ましく思ったりする。





お盆のこの時期、ここ土倉の地に帰ってくる精霊たちもあったのだろうか。もし帰ってきていたなら、きっと精霊たちもワイワイガヤガヤ、この地を懐かしんだことだろう。「おぅ!お前も来たのか?」「なーに、お前が寂しがるから来てやったんよ!」と元気な挨拶に始まり、懐かしい昔話に花が咲く。そして「また来年!」と最後に一言かわし、お盆が終わるとともに帰ってゆく。住居跡横を流れる川の音を聞いていると、そんな光景が次々と浮かんでくる。ふと、「ここにはナスの牛が無いから歩いて帰るのだろうか」などあらぬ心配をしてみたりするのも、お盆ならではのことなのだろう。





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【2010/08/23 21:01】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
#204 夏の小入谷林道
~夏の小入谷林道~






大変むし暑い日が連日続く今年の夏。こういう時は風もほとんどなく空気もよどみ、まるで腐りかけて白く濁った水の水槽の底で生活しているような気分になる。遠くを見ると、山や空の景色も白くモヤがかかり、本来の緑や青の鮮やかさは全く感じられない。空気が流れない、そんな感じだ。そんな暑さにいいかげん嫌気がさしている時、2~3日ほどであるが風の強い日が続いた。こういう時は空気が動き、白くもやのかかったよどんだ風景は一変して、透明感のある色鮮やかな風景に変わる。山の緑、空の青、雲の白などが実に色鮮やかになるのである。仕事やら何やらで、なかなかこういう日に自由に動ける時は少ないのだが、先日タイミング良く、この澄んだ空気を感じる日に山に出かけることができた。

出かけたのは滋賀県高島市にある小入谷林道。滋賀県が全国に誇る??美しい林道である。峠を越えて滋賀から福井へ抜けることができ、周辺の集落も大変美しい。峠の雰囲気も最高で、条件がそろえば連なる山々だけではなく遠く若狭の海を臨むこともできる。これまでに何度も訪れているが、期待を裏切られたことは一度もない。そんな林道に、この澄んだ空気の日に訪れたらどういうことになるのか、高まる期待を胸に車を走らせる。





『小入谷』の集落を行き過ぎた所に林道起点がある。起点の看板には、この夏の豪雨のためか、上根来からは工事のため通り抜けができないと記されている。まあ、目的を峠までにしても十分ということで、気にせず進むことにした。午前中は雲が多く青空が見られなかった空も、強い風が雲を吹き飛ばしてくれたかのように、鮮やかな青空を随所に見せ始めている。随所というのが微妙なところで、白いモコモコとした雲もけっこうの面積を占めているのである。しかしそれがかえって良いようで、強すぎる日差しを弱めてくれたり、青の鮮やかさを引き立ててくれたり、それだけではなく雲のモコモコ感が大変美しく夏の爽やかさを強調してくれている。





日差しの陰がアクセントとなった乾いた路面は、一部雨の流れでえぐれた所もあるものの特に問題は無く、とがった落石にだけ注意をはらいながら走ればいいという感じだ。そこそこ標高を上げると下界が見渡せるようになってくる。そして期待していた空気の透明感は・・。





そこには下界の期待に違わぬ色鮮やかな山の風景が広がりを見せてくれていた。遠く『小入谷』の集落の川に架かる橋までがくっきりはっきりよくわかる。山々のディテールや遠く広がる山々の高圧線の鉄塔も確認できる。ちょうど電波状況の良くないアナログ放送がハイビジョン放送に変わったような、そんな感じだ。その風景に感動し、何度も車を停めて写真撮影をしながら、峠まで車を走らせる。夏のこの時期では、なかなか感じることのできない空気の透明感を味わう。そして峠。やはり、そこには思わずうなってしまう程の美しい景色が福井、滋賀両側に広がっていた。まず滋賀県側を見てみると、山々の底に『小入谷』集落、連なる山々の向こうに更に連なる山々、日の当たっている所と影になっている所の山の斜面は、まるで面取りデッサンのモチーフのようにわかりやすく面構成をしている。





そして福井県側を見てみる。これまでは判別できなかった島々もこの日は見える。若狭の海、連なる山々、そして『上根来』の集落、それらが上から順番に見える福井県側。「来てよかった」と思う瞬間だ。そのタイミングに感謝しながら思う存分写真を撮り、そして光が変わる夕日になるのを待つことにした。









峠に停めた車の中でしばらく仮眠。すると車のエンジン音が聞こえてくる。やってきたのは一台のオフロード車。気にせず仮眠をとっていると元気な声が聞こえてくる。男女二人ずつの若い人たちのグループのようで、声の主は、この峠からの風景に感嘆の声を上げる女の子たちの声。日頃なかなか見ることのない風景に感動しているようだ。この美しい峠からの風景、彼らの中にも印象的な風景として映っているようだ。なかなか日頃の生活の中では見れる景色ではない、きっとこの先も彼らの心の中に残るのではないだろうか。





外を見ると光も夕日の色に変わりつつあるので、車外に出て撮影を再開する。残念ながら真っ赤な夕日と言うわけにはいかなかったが、少し前の撮影時より更にパワーアップした風景に、「うーん」と思わず声が出る。先程までの一人静かな撮影とは違って、やや賑やかな雰囲気の中での撮影。しかしその美しさに浸るのに時間はかからなかい。撮影中にも時折聞こえる元気な声、その感嘆の声をあげていた若者たちの目に、この美しい風景が大切な自然として映ってくれているなら、この先もこういった自然は残されていくのかもしれない。そして、もっと多くの人たちがこういう景色を見て感動してくれるなら・・など考えたりするのである。





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【2010/08/14 14:17】 | 林道 | page top↑
#203 棚田とゲートとオバちゃんと
~棚田とゲートとオバちゃんと~






山村などを訪れていろいろな風景の写真を撮ったりするのだが、人物の写真をメインに撮ることはほとんどない。今の時代、無断で撮影するのは気が引けるし、と言ってその度に許可を得ていては、わたしの場合は妙にわざとらしくなってしまって良い写真が撮れない。それでも人物を撮りたいと感じる時、それはよほど画に「残しておきたい!」と思った時。そして今回、そういう時に出合うことができた。それは棚田で仕事をするオバちゃんの姿を見た時である。





この日、とある林道を久しぶりに訪れた。もう舗装されてしまっているが、入り口周辺に棚田の広がる、雰囲気の良い林道だ。勝手知ったその林道の起点を目指して、稲の緑が鮮やかな田の広がる道を走っていると、先に何か見える。棚田が終わろうとするところにゲートらしきものがあるのである。以前はもちろん、そういうものはなかった。「あれ?」と思いながら近づくと、そこには注意書き。このゲートは獸害を防ぐためのもので、通行の際は通る者が各自で開閉するように、というようなことが書かれている。進入禁止でないことにホッとして、まかれているチェーンをはずそうとガチャガチャしていると、棚田で仕事をしていたオバちゃんが近づいてくる。「ここ通るんか?」と言う声に「林道に入りたいんですけど。」と意志を伝える。「なんぼでも入ってもらってええんよ。そやけど動物が入ってくるから・・」という会話をきっかけに少しお話をうかがう。





「イノシシですか?」「ううん、シカや。もう全部食べに来よる・・」と深刻な表情。どうやらこの周辺は鹿の害が激しく、棚田に植えられた稲が少し伸びるとたちまち食い荒らしにくるという。一面緑に広がる棚田の美しい風景の裏には、人と動物との厳しい攻防があったのである。それにしても立派な柵が棚田と山の間に延々と建てられている。そしてその手前には、山村でよく見られる電気の通った獸害防止のフェンスもある。うかがうと、立派なフェンスやゲートの方は県が作ってくれたそうで、そのおかげで鹿の被害は減っているという。ここには何度も訪れているが、以前はそんな立派な獸害フェンスが無かった。そのことを伝えると、なんでも近くに観光農園が作られて、それをきっかけに県が作ってくれたとのこと。観光農園ができていなかったら、地元の人と動物との攻防がずっと続いていたということになる。農家にとっては作物が収穫できないことは死活問題。しかし個人でできる獸害対策はしれている。獸害に悩む農家は少なくない、というか山間部ではほとんどの農家がそれに悩まされているはず。丹誠込めて育てた農作物が収穫を待たず鹿や猿、猪などに食い荒らされてしまう現実。そういえばこの日も、やたら鹿の姿を見ることが多かった。









など思いながらオバちゃんの背中を見ると見慣れぬものが。暑さ対策で昔から使われてきたものだろうか、小さな畳のゴザのようなものがマントのようにかけられている。以前雨の中、蓑笠をつけて畑仕事をされる方を見たことがあるが、こういうものは初めてだ。風通しがよく強い日差しから身を守ってくれる夏の畑仕事の必需品として、ずっと使われてきたのかもしれない。無理かなと思いながらも「写真を撮らせてくれませんか?」とお願いする。「いややわーオニイちゃん。そんなん、恥ずかしいわ。今は誰もこんなんしてへんよ~。」と言われる。それでも「何とか・・」とお願いすると「まあ、後ろからやったらええよ。」と少々強引ではあるが撮らせていただくことに成功。





後ろ姿しかお見せできないのは本当に残念なのだが、日本の原風景を思わせるそのオバちゃんの姿は、段々畑に吹き上げる風の中で何ともすがすがしく爽やかに映った。そして、まわりにとけ込むかのような何の不自然さもないその風景に大いに心癒された。なぜこうした風景にホッとするんだろう?など考えたりもするのだが、素直にホッとするところはホッとして、眼下に広がる琵琶湖の風景を味わうのが一番。ということで、しばしこの風景を味わうことにした。






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【2010/08/07 05:02】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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