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#231 根室本線「上厚内駅」のノートより
~  根室本線「上厚内駅」のノートより  ~






 昨年、北海道を訪れた時にたまたま立ち寄った上厚内駅(根室本線:北海道十勝郡浦幌町厚内)は、無人の小さな駅。かわいらしい木造駅舎の佇まいとその周辺の風景をもう一度見たくて、今年も訪れてみた。昨年訪れた時は、駅近くの民家で畑仕事をされている方を一人見かけたが、その方以外に人の姿を見ることは無かった。そして今回も、やはり周囲に人の気配はほとんどない。民家や作業場などがあるので人がいることは間違いなさそうなのだが、なかなか出会えることはない。この日も人の姿を見ることは無く、結局、材木を満載して走りていくトラックと、ここをなわばりにしているらしい1匹の鹿と出会っただけだった。









 今回の訪問は、昨年より一ヶ月ほど遅れの訪問だが、駅前通りには同じようにコスモスの花が咲き,その中に少しだけ咲くハンゴンソウが、色合いに華を添えていた。しかし、ハンゴンソウはもう終わりのようで、枯れてしまっているものも少なくない。コスモスは今が最盛期なのかもしれないが、それでも道端に控えめに咲く様がなんとも美しい。歩く人がないせいか、歩道いっぱいに自由気ままに咲く花たちの様子が、何か今のこの町の状態を表しているようにも思える。このコスモスが自由に咲いている上厚内駅前、自分にとっては日本一の美しい駅前通りなのである。













 駅を出るとすぐ見える小学校跡も昨年のまま。今の静けさからすると、小学校があったことなどとても信じられないくらい寂しくなった町の風景だが、この学校跡は、かつてここが子どもたちの声が響くにぎやかな町だったことを、今も伝えてくれている。残念ながら校舎はもう残ってはいないが、それでも学校があったことの雰囲気が残されているのが何とも嬉しい。廃校となったのが1982年というから、ここに子どもたちが通っていたのはもう30数年前のことだ。





 そのグランドの隅に車を置かせてもらい駅へと向かう。前回来た時は、「うすいピンク色の駅舎」というイメージだったのだが、天気が良くないせいもあるのか、なんだかずいぶんと色が違って見える。ピンクの面影はなくくすんで色褪せてしまった感じだ。たった1年で大きく変わることはないのだろうが、わずかな時間でも老朽化が進んでいることは間違いない。それにしても極めて利用客が少ないと思われるこの駅の老駅舎、あと何回厳しい冬を越せるのだろうか、など心配してしまう。北海道でよく見る、廃車両を再利用した駅舎に置き換えられる日が来るとしたら、それはなんとも寂しいものである。





 駅舎の中に入ってみた。古い木造駅舎が持つ、独特のなにか寂しくも温かい感じがする。ふと目をやるとノートがある。「ここを訪れた人は、なんでも綴ってくださいよ」という感じで置かれているノートだ。昨年もノートは置かれており、目も通してみたものの、内容はほとんど覚えていない。目を通しても、その多くが、遠くから訪れた人たちの記念のことば的なものだから、それほど興味がわかないのがその理由だ。それでも、同じように木造駅舎を訪れて、その温かな雰囲気に感銘したことばなどが書かれているのを目にすると、なんだかホッとする。今回の旅行で、こうした小さな無人駅をいくつかまわっているが、何カ所かには同じようにノートが置かれていた。中には残念ながら落書き帳のようになってしまっているものもあった。所によっては、ノートが持ち去られてしまったということも起きているという。そのような愚かしいことをするのは、ごく一部の者たちなのであろうが、そのモラルの低さには驚くばかりだ。地元の人が大切にされている小さな駅舎、訪れる外部の者も大切に接したいものだと感じる。









 その置かれているノートに、今回も何気なく目を通してみた。するとそういった訪問記念的なものの中に混ざって、ちょっと違った感じの一文が目に入った。珍しく地元の人が書いたもののようである。以下がそれの全文なのだが、出版物であれば引用元等が記せるのだが、今回の場合不特定多数が読み、不特定多数が自由に書ける駅に置かれたノートなので、書かれた人の名は書かれておらず、もちろん出版元などあるはずもない。そこで、とりあえず「上厚内駅内のノートより抜粋」という形で紹介させていただくことにした。


 「この駅に来たのは何回目だろう・・・。毎回、寝過ごして上厚内で降りるという形が出来てしまいましたね。今までは特に何も思わずこの駅をおとずれていましたが、今年の4月からは愛知県にいってしまうのでなんか寂しいですね。生まれ育った土地を離れ新しい人生を送る。楽しみと不安がごちゃまぜという感じで、まだ、親に恩返しできていないのに、とか じいちゃん、ばあちゃんの事を考えると、道内に就職でもよかったんじゃないかと思うくらい。でも、親も覚悟を決めて送り出してくれるんだろうから精一杯向こうで頑張ります。
なんか自分の事ばかりですね(笑)

 やっぱり、今まで当たり前というものが消えてしまうととてつもなく不安に感じるというね。

 4月1日、愛知に行ってきます!


 寝過ごした浦幌町民は絶対書くこと!いいね!


 ○○高校 ○○科 ○○番より



 寝過ごしたぁぁぁぁぁ!!」


(以上、『上厚内駅のノート』より全文抜粋。 ※学校名等は○○と表記させていただきました)






 短い中でも、何かとても心打つものを感じさせてくれる心のこもった文章。書かされて書いた作文ではなく、自分の中から自然と出てきた思いを綴ったことば。読み終わった後、私の中にも何かじわーっと感じるものがあった。
 位置関係からすると、浦幌から帯広の高校に通っていた方なのだろう。卒業をあと1ヶ月後に控えたある日、帯広から浦幌へ帰る途中でついウトウトして睡眠モードに入り、降りるべき浦幌駅を通り越して上厚内駅まで行ってしまう。慌てて降りて逆方向へ戻る列車を待つが、本数がきわめて少ない路線ではすぐに来るはずもない。そうした時にこのノートに目がいき、何気なくペンを取る。考えてみれば、何度もこうして乗り過ごして見てきた景色も、あとわずか。4月になれば、自分はもうこの地にはいない。そういったことを思うと、これまでの様々な思いが湧き出てくる。両親のこと、じいちゃん、ばあちゃんのこと、そして故郷を離れることの寂しさ、新天地での期待と不安・・。書いたのは、おそらく男の子なのだろうと思うが、なんとも心優しい子であると感じる。家族の人たちが、もしこのノートを見たならば、きっと喜ぶだろう。じいちゃん、ばあちゃんなどは、涙涙に違いない。それにしても、2月のこの木造駅舎は本当に寒かったことだろう。





 こうして毎年、地方からは多くの若い人たちが故郷の地を離れ都会へと出て行く。そして一旦田舎を離れると、もう生活の場を故郷に戻すことがほとんどないのが現実だ。今このノートを書かれた方は、愛知県で、これまでとは全く違った生活をされていることだろう。職場には慣れただろうか、同僚とはうまくやっていけてるだろうか、彼女(彼氏?)ができて楽しくやっているだろうか・・などなど、見ず知らずで全く関係ない自分であるが、なぜか気になってしまったりする。





 読み終えて、とても爽やかな気持ちになった。何かとても素直でピュアなものを見せてもらった気がする。遠く離れていても元気で毎日をすごすのが、最高の親孝行であり、じじばば孝行。だから思い切りがんばってほしい、など余計なお世話であるとわかってはいるが、心の中で勝手にエールを送らせていただく。



 でも、ご両親やじいさん、ばあさんには、たまには元気な姿を見せてあげてください、などさらに余計な一言を最後に・・






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2013/10/05 08:44】 | その他山村・廃村・自然 | page top↑
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