スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
#234  春の「杉」集落(旧・脇ヶ畑村)にて
~  春の「杉」集落(旧・脇ヶ畑村)にて  ~






 久しぶりに旧・脇ヶ畑村の集落を訪れた。下界ではとうに桜が散っている、4月下旬のある日のことだ。鈴鹿山脈北部、その中腹(標高500~600m)に位置していた旧・脇ヶ畑村には、「杉」「保月」「五僧」という3つの集落があった。今でも、穏やかな気候の時期などにはかつての住民が帰ってこられる所もあり、倒壊した家屋の跡地に新たにプレハブやログハウスなどが建てられたりもしている。もちろん積雪時にはもう村への道が除雪されることは無いので、その間は閉ざされた集落となってしまう。それでも「保月」などは、冬季をのぞくと今でも大いに生活の温かみを感じることができ、訪れる者に静かな山里の生活の雰囲気を味わせてくれる。





 一昨年だったか、鹿児島県の伊集院町(現・日置市)の郷土の英雄、島津義弘公を偲んで毎年鹿児島県からやってくる関ヶ原踏破隊と出会ったのもここ旧・脇ヶ畑村。普段は静かな山里にも、その時ばかりは子どもたちの元気な声が山に響いたものだった。踏破隊は、岐阜県から山越えでやってきて「五僧」「保月」「杉」のいずれをも通って多賀へと向かう。島津越えと呼ばれる、脇ヶ畑を縦断するルートだ。その時の脇ヶ畑訪問は真夏の8月であったが、私の場合、旧・脇ヶ畑村周辺には春先に訪れることが多い。それは、雪どけを待って花開く福寿草やスイセン、下界より少し遅れて咲く桜の花、芽吹いてきた新緑の木々の葉、それらの春の彩りを満喫できるから。この日は「杉」「保月」を訪れ、時間的に可能であれば「五僧」まで足を伸ばしたい、など思っての訪問だった。





 芹谷へ向かう途中、R306から少し入った所の「一円」集落あたりから、脇ヶ畑への入り口ともいえる杉坂峠がよく見える。春には田植えの広がる田んぼの背景となり、秋には白い花の咲く蕎麦畑の背景となるこのあたりの鈴鹿の山々が作る風景は大変美しく、訪れる時はいつもこの杉坂峠が見える風景と出合うのを楽しみにしている。峠のあるあたりの標高は600mにも満たないのであるが、下からその山の斜面を見ると、峠が急峻な所に位置しているということがよくわかったりもする。













 谷の底に位置する集落「来栖」で芹川を渡ると、そこからは杉坂峠を目指す山坂道となる。しかし、その道が実にスリルのある道というか、ヒヤヒヤドキドキの道だ。道巾は大変狭く、落石もゴロゴロしていて待避所も少ない。特に標高を上げるとそれは顕著で、つづら折れの道の曲がる所以外に退避スペースは見つからない。したがって、タイミング悪く対向車が来てしまった場合、その狭い坂道を延々とバックすることになる。ガードレールなどもちろん無く、今にも岩が転がってきそうな斜面と、反対側はスパッと切り落としたように下界が見下ろせる斜面。普段は下界が見えるのは大歓迎なのだが、この時ばかりは、見えることで不安が増幅するので、できれば遠慮したいなど思ってしまう。さらに路肩も弱そうで、所々が崩れていることもあるから、否が応でも運転は慎重になる。下から見上げた時も「あんな所に道があるのか・・」と思える程だから、やはりその状況の厳しさはかなりのものだ。特に今乗っているハイエースは運転席が高いので、よりいっそうのスリルを味わえたりする。とはいえ、そういう区間は距離的にも時間的にも僅かではある。それだけに印象深く感じるのかもしれない。









 実はこの来栖~杉坂峠の道、昭和10年に新設されたもので、当時の脇ヶ畑に住む人々にとっては念願の新道だった。それにより、ようやく馬車が入れるようになったのである。それまでの多賀への道は、杉坂峠と「八重練」とを結ぶルートの山道。したがって、先の島津越えといわれる関ヶ原の合戦時に島津義弘らが通ったルートもおそらくそこだったと思われ、現在のルートとは違っている。ちなみにトラックが通れるようになったのは昭和25年だったというから、それまでの脇ヶ畑村の物資の運搬や人の移動の困難さは想像に難くない。





 幸いこの日は杉坂峠までの道で車と出くわすことも無く、途中一台の自転車を追い越しただけ。時間に余裕がなかったので杉坂峠にある御神木を見ることもせず、そのまま「杉」集落へと向かった。峠からは山間部の林道となり、転落の恐怖はなくなる。それなりに道は狭いものの、おかげでずいぶん走りやすく感じる。「そういえば以前、雪の季節にここでスタックしたな・・」など思いながら走っていくと、ほどなくして「杉」集落が見えてきた。









 この集落も初めて訪れた時と比べると、ずいぶんと変わってしまった。道沿いにあった茅葺き家屋はとうに倒壊してしまい、今は空き地となっているし、奥に見えていた立派な茅葺き家屋も、もう屋根部が崩れてしまっている。さらに「人が住んでいるのでは?」と思えるほど立派だった家々も、今は崩れつつあったり、傷みが隠せない状態にあったりする。月日の流れは確実に山里を変えていくことを、この山村の風景は語ってくれている。

















 上の4枚の写真と下の2枚の写真は、2001年8月に撮影した「杉」の写真と今(2014年4月)とを比較したもの。定点撮影とはいかなかったが、道から見える景色がずいぶんと変わってしまったのがわかる。13年という月日は、13回の雪の冬を越したこと。積雪の多いこの地域、こういった人が住まなくなった集落やそこにある老家屋にとっては、なんとも厳しく長い時間だったに違いない。その間に茅葺き家屋は全て姿を消し、以前に立派な茅葺き家屋があったことさえも、今の風景からはわからなくなってしまった。









 そんな春の「杉」集落では、咲き誇る桜がこの時の主役となっていた。もう遅いかなと思っていた桜の花だが、山の集落ではこうして美しく咲いており、その姿を見ることができたのは実に嬉しかった。そしてしばし見とれる時間は、至福の時間となるのだった。もう少ししたら、モリアオガエルの声が心地よく集落に広がり、季節のBGMとなるはず。そして夏になると、自由に伸びる雑草で集落が濃い緑で覆われ、ムクゲやハンゴンソウなども咲き乱れる。季節の移り変わりとともに、主役が変わってゆくこの集落では、もう人は主役ではなく、自然の生き物たちにそれが置き換わっているということを実感する。









 いつからかここには立ち入り禁止の看板が立てられ、そればかりかセキュリティの表示までもされるようになってしまった。それだけ不法侵入者や盗難などによる被害が多かったのだろう。大切な故郷の地を、部外者の興味本位な好奇心などで踏みにじられ、おもしろおかしくオカルトチックなことばとともにネットに晒される。さらに家屋内に不法侵入し、物品を持ち出す犯罪までもが横行する。この他にも、ゴミや不法投棄なども、こういった所ではよく見かけること。人が住まなくなったとはいえ、そこは個人の家であり土地でもある。何より、思い出のいっぱい詰まったかけがえのない場所。心無い部外者の愚行が、このような状態を招いたのは間違いない。





 一方では、サイトでこういった集落を紹介している自分自身にも、やはり責任を感じたりする。見る者は不特定多数、中には窃盗目的や一部の悪質な廃墟マニアなど、最初から悪意を持って見る者もいるかもしれない。もし、そういった者たちに手を貸していることになっているとしたら、それは実に残念なことだし、何よりも故郷を愛する集落の人たちに対して申し訳ないこと。このようなサイトを始める時から、そのことについては気にしていたことである。その一方で、このサイトを見た集落関係の方から懐かしさを綴ったメールや心温まる連絡をいただいたりもする。そしてそれは何より嬉しく励みになり、サイトを開設してよかったと思う瞬間でもあった。





 最初から悪意を持って廃墟や廃村に訪れる者たちには何を言ったところで意味はないのかもしれないが、廃村や山里などに何か惹かれるものを感じて訪れる人たちは、そこにいる人たち、いた人たちの思いを感じながら山里の風景を見せてもらう、そのように接することが大事であるように思える。そこにあるものだけを見るのではなく、その背景にあるものを意識し、少しでも考えてみる、それだけでもずいぶんと風景が違って見えてくるように感じるのではないだろうか。









 しばらく周辺をウロウロしながら山里の春を味わい、そろそろ「杉」を出発しようと、ふと車の向こうに見える家屋に目をやる。すると、何かこれまでと違った感じの風景が目に入る。道のすぐ横にある家屋だが、「あれ?こんなものあった?」というものが見える。トタン板で窓も全て塞がれている家屋の前に置かれた小さなもの。祠?犬小屋??近寄って見てみる。中には餌入れのようなものも見える。





 どうやら犬小屋のようだ。以前はたしかになかったように思える。ここで使われていたものだろうか。それにしては餌入れが最近のものっぽい。それでは、ここに新たに持って来られたもの?不法投棄であれば、わざわざこのようにきちんと置くこともないだろうし、山仕事で帰って来られた方が犬も一緒につれてきたからかな?・・などなどいろいろ考えるが、答えが出るはずもない。





 でも、このこれまでと少しだけ違った風景は何かホッとしたような、不思議な感じがした。この向こうの集落「保月」では人の生活の匂いを感じることができるのだが、「杉」においてはこれまで現地で出会う人も無く、なかなか人の匂いを感じることがなかった。それがなにかこの犬小屋らしきもののある風景を見て、少し人の生活を感じたような気がした。村在りし頃に使われていたものなのか、外部から持ち込まれたものかはわからないが、老家屋に妙にマッチした犬小屋らしきものは、何か印象に残るのだった。自然物以外、周囲は崩壊したり朽ち果てたりして、今まさに姿を消そうとしているものが多い中で、こうした身近な人工物が新たに現れたことへの不思議、それが何か新鮮だったのかもしれない。

 など、一人でわけのわからないことを考えながら、次の「保月」へと向かうことにした。






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
スポンサーサイト

テーマ:滋賀県情報 - ジャンル:地域情報

【2014/05/18 00:17】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。