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#96 木地師の里の金次郎
~木地師の里の金次郎~

旧永源寺町の最奥の集落となる『君ヶ畑』。木地師発祥の地として歴史あるこの地は、とても美しい山間の集落。『蛭谷』を過ぎ林道に入ると、眼下の谷に御池川が見える。流れる透明の水と川底に鮮明に見える小石が美しい。やがて見えてくるのは、雨風や日差しにさらされ傷んだ「木地師の里」の看板。集落の入り口である。

この美しい村も、現代の多くの山村同様過疎化の波が押し寄せている。雨戸が閉ざされたままの老家屋、もう何年も戸が開けられたことの無いようなゆがんだ家屋、そして崩れかけた家屋など、主(あるじ)と疎遠になった家屋の存在が目立つ。静寂の風景をゆっくり進むと、聞こえてくるのは水の音。道路わきにある水場の水道の栓が開かれっぱなしになっていて、清らかな水が常に流れ出ている。散策中にいくつかの水場を見たが、どの水道も同じ状態で水が流れていた。静まり返った中で、水の音がBGMとなって心地よく響く。その水場の美しさを何とかして写そうと、しゃがみこんだり、覗き込んだりしながら撮影をする。すると背中から「こんにちは」という声。振り向くとそこには70歳代くらいだろうと思われる女性の姿。「こんにちは、お邪魔させてもらってます」と挨拶を交わす。何とも心癒される時間が流れる。

村を散策しながら撮影を続けていると、前から先ほどの女性より少し上くらいの年齢と思われる男性の姿。挨拶を交わし、しばし立ち話。以前から気になっていた政所小学校君ヶ畑分校のことをうかがってみる。今は化粧品会社の施設になっているその学校跡から当時の姿をイメージすることは難しい。しかしその方から、その学校跡とは別に学校跡があることをきく。分校ありし頃に建て替えがあり、今の化粧品会社の施設の場所に新たな分校が建てられたという。そして二つの学校跡。早速以前の分校の場所をうかがい、行ってみる。そこは前から私が気になっていた場所で、いかにも学校跡という所。そのことに「やっぱり、そうだったのか・・」と一人納得をする。

石段を上がり、かつての小さな校庭に足を踏み入れる。そして振り返って集落を見ようとしたした、その時!

その時、目に飛び込んできたのは、植木からのぞく何とも可愛らしい二宮金次郎像。学校はとうの昔に姿を消したが、象徴である金次郎像は今も丁寧に残されていたのだ。例年に無い暖かい冬のせいか、植木には新芽がちらほら。その手入れされた植木の上から体半分見えるその姿が微笑ましい。「この像はいつ頃からあるのですか?」とうかがってみる。すると「わからんなぁー、ずっと前や。そうやなぁ・・80年くらい前からあるんと違うか」という返事。おそらくご自分の年齢で推測されたのだろう。物心着いた頃からずっとあったに違いない金次郎像。だから最低でも80年・・ということか。

何度か訪れている『君ヶ畑』だが、この日の訪問は何とも新鮮な気持ちになった。この美しい集落が、果たしてあと何年、村としての機能を維持できるのかはわからない。しかしこういった山間の美しい集落がどんどんと姿を消していっている現実、その社会構造を考えた時、いったいどんな未来がこの先あるのだろうかと不安になってしまう。そう感じるのは、単に山村に思い入れの強い私・・だからなのであろうか。









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2007/02/04 00:00】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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