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#101 芹谷の春
~芹谷の春~

今はどんな花が咲いているのかなぁ?何の新芽が出てる?これは、そろそろ春の訪れが体感できるこの時期に山村を訪れる時の、私の大いなる楽しみの一つである。と言って決して植物に詳しい訳ではなく、ただ春を告げる美しい色の花や葉、新芽などを探し、見るだけ。だから目にするほとんどの植物の名前もわからず、ただ美しさと素朴さにホッとしているだけなのである。

毎年、春になると何度も芹谷を訪れる。狭い地域でありながら10以上もの集落が、標高でいえば200m~600mの地に点在しているこの地、自然いっぱいの中で普段の生活では目にすることのない多くの自然の植物に出合うことができる。そして冬から春へと季節が変わるこの時期は、独特の雰囲気を持った美しさが味わえる。色鮮やかな花が咲き誇る美しさではなく、長らくの冬の厳しさを少しずつ打ち破るような、小さな植物たちの素朴で力強い美しさ・・である。冬場には多くの植物が葉を枯らし、山村の風景の彩度は大いに下がり、イメージとしては無彩色の状態に近くなる。そしてその風景は、何とも言えぬ寂しさや切なさを見るものに与える。時には真っ白な雪がその無彩色名風景を覆い隠し、無彩色ながらもトーンの強い風景を作ったりもするのだが、それも無彩色の世界に変わりない。しかし春はそれを打ち破る季節。そしてそこには初々しい彩が生まれ出る。

この日訪れた集落は、無彩色となる冬には住民が姿を消す集落。さすがに今年の暖冬はそうではなかったが、大方の冬はしばしの間、雪で道が閉ざされる。昨年の同時期に訪れた時は、大雪の影響で台座から落ちた神社の狛犬が地面に倒れたままになっており、残る雪も多く人の気配は感じられなかった。また気温もまだまだ低く、無彩色を打ち破る彩も見られなかった。しかし今年は集落中央の空き地に車が停まっていたり、呼び合う人の声が何度か聞こえたりなど、昨年とは違った少しにぎやかな感じがする。中でも幼い子どもらしき声が何度も集落の中に響きわたっていたのが、とても新鮮な感じだった。

植物はと言えば、新芽や出たばかりの緑の初々しい葉、そして白い梅の花などがちらほらと無彩色の中に目立つくらい。そんな中、石垣には私の大好きな花である福寿草を見ることができた。苔むした石垣の中に見える福寿草の黄色は、鮮やかと言う黄色ではないが、控えめな中にも薄灯りがぼんやりと燃えるような力強さを感じさせてくれて、とても美しい。繊細と言うか、透明感があると言うか、この福寿草の黄色に心癒される。

周りが薄暗くなるとともに、先ほどまで聞こえていた人の声はやがて聞こえなくなり、村に静寂が戻ってきた。薄暗くなった中でも石垣の福寿草は薄明かりのように灯っている。遠くを見ると、まだ雪の残る谷向こうの山が見える開けた風景。標高わずか300mちょっとのこの集落であるが、そこから見える風景は何かずいぶんと高地にいるような感じがする。また山の斜面に張りつくかのような家屋の多くに傷みはあるものの、まだまだ人の温かさを感じることができ、それに少しホッとする。そして無彩色の中の植物たちの彩りも何か嬉しい気分。今日のようにじっくり見るのは初めてだが、本当に美しい集落であることを改めて認識したこの日の訪問だった。

この芹谷には、人の住む集落、人の温かみが感じられる集落、消えつつある集落、人のいなくなった集落、自然にかえりつつある集落など多くの集落が存在する。しかし近い将来、人の住む集落がまた一つ、二つ姿を消す。そして工事の大型ダンプ用の道がつけられ、大型ダンプや重機が行きかう場所となる。それまでもうあとわずか・・。

工事が終わり再び静寂を取り戻す時、芹谷がどのような風景となっているのか・・やはり私には想像することができない。









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2007/03/12 03:17】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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