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#114 続・廃村『八草』
~続・廃村『八草』~

前回のこのコーナーで岐阜県の旧坂内村の廃村『八草』を取り上げたのだが、その後、とある用事で岐阜在住のある方と電話で会話中の時のこと‥。(この方には日頃から多くのことを学ばせていただいており、今回の『八草』の詳しい場所も、その方に教えていただいたものである。)

・・・驚いた。

実は私が『八草』を訪れたほぼ同時期に、その方も『八草』を訪問されていた。そしてその時『八草』集落跡で何人かの人たちに出会われたという。話をうかがうと、その人たちは北海道から来られたとのこと。もう驚き以外の何者でもない。なんと、90年近くも前に『八草』を離れて北海道の地へと渡った人たちのご子息、いわば‘八草二世’の方たちだったのである。そういえば私が訪れた時、供養塔にはきれいな真新しい花が供えられてあったが、おそらくその方たちが供えられたものだったのだろう。

‘八草二世’の方たちは定期的に、ご両親の故郷のこの地を訪れられているという。廃村後90年もの年月が流れた。もちろんこの方たちは『八草』での生活経験はなく、故郷は当然北海道。しかし遥か遠く離れたこの山奥の不便極まりない地を訪れる。いったいなぜ??前回にも書いたが

「遠く離れた開拓の地で何度も両親から聞いた、山深く自然の厳しい、しかし懐かしい故郷の話。何十年が過ぎても故郷の地を忘れず、いつまでも思い続ける親の姿‥そして先祖への思い‥」

ということなのだろうか。今なお訪れるという、遥か想像を超えた‘故郷’への思い。その中には、決して外部の者にはわからない何かがある。‘血’という表現がいいかどうかはわからないが、何かそういった生きる者としての本質的な部分を感じてしまうのである。両親の故郷、先祖代々生き続けてきた地をぜひ訪ねてみたいという思い、そして実際に遥か遠方から訪ねて来られているという現実。もう言葉にならない‥。

北海道へと渡った、かつては八草衆と呼ばれた誇り高き木地師の末裔たち、その後、厳しい極寒の北の大地での開拓生活でも八草の誇りを失わず立ち向かい、成功をおさめられたという。以前、坂内で聞いた「こちらへ帰ってきた人たちも多いらしい」という噂が事実でなかったこと、それが何か嬉しく感じられたりするのである。








http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2007/06/10 13:13】 | 岐阜県山村・廃村・自然 | page top↑
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