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#115 土倉出郷の手作り地図
~土倉出郷の手作り地図~

このサイトでも大変お世話になっている、『土倉』のご出身の白川雅一氏、その氏に再びお話をうかがう機会を持つことができた。といっても強引に私がお願いして、押しかけているのであるが‥。

私は、以前より土倉出郷(出口)周辺の位置関係が知りたかった。氏の写真の中で‘上町’‘中町’‘新町’‥などの名がでて来るのを見て、いろいろ現場をイメージするのであるが、現在の出郷周辺を見ても皆目位置関係がわからない。そして「どうしても知りたい」と思ったのは、このコーナーの#112、でご紹介させていただいた伊勢湾台風の土砂災害の‘慰霊碑’を実際に見た時である。八草トンネルへと続く取り付け道路の巨大な橋脚に圧倒され、静かに埋もれるかのような碑。周辺に100戸近くもの社宅や家屋があったことなど、現状からは想像もつかない。選鉱場跡ばかりが有名なこの地であるが、そこには多くの人たちの生活があり、人々の温もりがあったのである。

白川氏には事前に「土倉出郷あたりの地図を作ってみたいんです。」ということをお伝えし、カラオケ大会や旅行などで忙しくされている氏と都合を合わせたた上での訪問となった。約2年ぶりの訪問にも暖かく迎えていただき、早速お話をうかがう。すると氏が何か取り出す。筒状に巻かれている、かなり大きなもの。まさか?!と思った。そして、それはそのまさかのものだった。

開いて見せていただいたものを見て驚いた。それは私が知りたくてたまらなかったもの、土倉出郷周辺の詳しい見取り図だった。しかもわかりやすいように絵の具できれいに彩色までされている。ブロック住宅や家屋数、索道の位置‥それぞれが詳しく色分けされた手作りの地図。その中身を見て驚き、そして氏の温かさに感激する。おそらく制作には大変な時間と労があったはず。100cm×60cmという大きなその地図「どうぞ持って帰ってください」という氏の言葉に感激するも「このような大事なものをいただく訳には‥、写真に撮らせていただきます」と返す。しかし内心はほしくて仕方がなかったのが事実‥。

今回もお話をうかがう中で様々な感動、強く印象に残ることが多々あった。そのことについてどうまとめていくか、現在思案中である。まとまり次第、話の内容や出郷周辺の見取り図については『自由帳』のコーナーで紹介させていただこうと思う。また『たまに一言』では、氏の書かれた手記の紹介もさせていただこうと思っている。

氏にお話をうかがっていると本当に温かい気持ちになる。そして氏の故郷‘土倉’を思う気持ちが本当に自然に伝わってくる。今でも何度も土倉へ行かれているという。雪解けの頃には、大雪によって倒れた木や障害物を自ら取り除く。その時には昔の仲間も力を貸してくれるという。故郷を持つことの素晴らしさを、本当に強く感じる‥。

お話を終え、そろそろおいとまさせていただこうという時、氏の奥様がご飯とお漬物を持ってきて下さった。遠慮無くいただく。何かとても懐かしい味。キュウリの漬物が大好物の私は一気にたいらげ、そしておかわりまでいただく。本当に「うまかった~」である。この日のお礼を言って帰る時、「どうぞ持って帰ってください」と氏のことば。差し出されたのは、先ほどの手作りの地図。今度はためらうことなく「ありがとうございます」といただくことにする。やはり「ほしくてたまらない‥」が伝わっていたのかな、など思いながら温かさに甘えさせていただいた。

帰宅後いったいどれくらいの間、この温かく、そしてこの上も無く貴重な‘土倉出郷の手作り地図’を眺めていたのだろう‥









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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