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この集落に初めて来た時から、それはあった。地図から姿を消して久しい集落、そこに残るたった一軒の廃屋、その前に置かれた籐製の乳母車。籐はほころび破れ落ち、金属部分には深い錆び、もうかなり原型を失ってしまっている。「次来る時に、まだ見ることができるだろうか?」などといつも思っていた。そして今回もその存在を確認して、ホッと一安心。籐の部分など昨年よりも傷んでるような気がするが、それは決して気のせいではないだろう。 かつてはのどかで広々とした谷の風景を作り出していた美しい集落であるが、今は一部にその名残を残すだけで、もうその姿を見ることはできない。廃村から40年もの年月が流れた。一体いつからこの乳母車はそこに置かれているのだろう。動かされなくなって何年になるのだろう。ここの家主が必要な家財を持ち出した後に残されて、そのままになっているのか。それとも廃屋から家財を狙う窃盗団が放り出していったものなのか。はたまた廃墟マニアが写真撮影にと置いたものなのか‥。 こういったものを見るといつも思うのが、‘それら’の現役の頃の姿。例によって勝手に思い浮かべてしまうのだ。この乳母車は、新しい家族の誕生を祝って買われたもの。当時は今で言う‘ベビーカー’などという洒落たものは無く、これら籐で編まれたものが主流。職人芸による産物である。そこに乗せられた赤ちゃんを覗き込み、あやす人々。手押し車を押すのは母親か祖母か父親か、もしかしたら幼子の兄姉かもしれない。今は杉林となって、ただ薄暗いだけの風景も、当時は明るく開けた山村の風景。その中で、ゆっくりと流れる時間と共に、この乳母車は大いに活躍したに違いない。底の深い籠の部分は、乳児から幼児まで使用できるようになっている。これに乗って何人の子どもたちが成長したのだろう。当時の色あせた写真とだぶってイメージは膨らみ、映像だけではなく声まで聞こえてくるような気がする。とても賑やかな声‥。 しかし今ここにあるのは静寂と薄暗さと、苔むしてかび臭いにおいだけ。それを打ち破るかのように聞こえるのは、時折けたたましくこだまする猿たちの声。 もうこの手押し車が乳母車として動かされることは無い。動くとしたら、自ら支える力を失って倒れるか、滅多に来ることの無い来訪者に動かされた時くらいだろう。この車の主たちが住んでいた家屋も今は倒壊寸前。こちらの方が一歩先に自然にかえるのかもしれない。近い将来、廃家屋と乳母車のこの風景が壊れるのは間違いないところ。だがそれまでは静かに、今のままの風景で残っていてほしいなど考える。そして次ぎに訪れる時もその姿を見せてほしい、など勝手に思ってしまうのである。 ![]() ![]() http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html |
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