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#128 何かが違う風景
~何かが違う風景~


私は特にあてもなく、よくドライブに出かける。渋滞や人ごみなどを極度に嫌う性格のせいか、行く所のほとんどが車や人の少ない静かな山間部。見知らぬ土地をのんびりと車で走り、次々と目に入ってくる様々な風景の新鮮さを味わう。爽やかに脳が刺激されていることを感じるひと時である。緑の山々を背景に、流れる清流や古びた建物、厳かな雰囲気の神社や寺、色褪せた看板がいまだに残るかつての万屋、もう子どもたちの声が響くことの無い寂しげな廃校舎‥などなど全てが、脳内の様々な感性に訴えかけ刺激を与えてくれるのだ。

山間部の集落を何年ぶりかで訪れたりする時、その風景の以前との微妙な変化に「あれ?‥」と思うことがある。走行中に見えた学校の校舎が何か以前と違って人気の無い寂しげな雰囲気に変わっている‥威厳を保ち堂々としていたはずの老家屋がゆがみ崩れてしまっている‥人が住んでいたはずの家屋が人の気配無く雨戸が閉められたままになっている‥などなど、どれもが普通に通り過ぎるだけならそんなに気にしないような微妙な変化だ。そしてそれらに出合った時、何とも切なく寂しい気持ちが私の中で増幅され、あること無いことが次々とイメージとして現れてくる。私にとってそのどれもが寂しく切ない風景であるのだが、とりわけ‘子どもたちがいなくなった学校’を目撃した時、寂しさ切なさがより増幅されてしまうようである。

以前、永源寺の奥を訪れた時に見た政所中学校、余呉町の丹生小学校の木造校舎の撮影帰りに訪れた片岡小学校と余呉小学校、そのどれもが以前見た時と何かが違っていた。変な表現だが「教室の窓が生きていない」、そんな感じがしたのである。もちろん休日だから子どもの姿が無いのは当たり前。しかし風景そのものから‘子どものエネルギー’が消えてしまっている、そんな感じがした。どちらも何の情報も持たない中での訪問だったので、訪れて初めて廃校舎になっていることを知ったのだった。いずれも児童生徒数の現象による周辺学校との統廃合の結果という。ただし余呉小学校は、旧余呉小、片岡小、丹生小とが統合して、校舎も新たに‘余呉小学校’として生まれかわっているのでその名は今後も残ることになる。本来ならば賑やかな学校の風景であるのに、学校という機能を無くしてしまったとたんに何とも寂しく物悲しげな風景に変わってしまうところに、改めて‘子どものエネルギー’を感じたりするのである。

村から学校が消える、ということはどういうことなのか。極端な言い方になるが、それは新たな若い居住者が入ってくることが拒絶された地となること、そのように私は乱暴な解釈をしてしまう。不便でもあえてそういった自然一杯の地に生活の場を求めるという事例もあるようだが、一般的に考えれば教育環境や生活環境は便利さが優先されるはず。それらの問題で故郷を離れるということはよくある話だが、逆にわざわざ不便な地に生活の場を新たに移すという例は、ごく僅かだろう。閉鎖された学校が、取り敢えずは休校という形をとったとしても、やがて廃校への道をたどるというのは自然の流れ。学校が無くなり、さらに10年、20年と過ぎるとその村がどうなってしまうのか、それが今の日本の山間部の多くで見られる普通の風景‥というのに何とも寂しさを感じてしまう。

昨年の今頃、たまたま訪れた長野県の阿南町の和合小学校で運動会が開かれていた。小学校・保育園・幼稚園・地域住民などによる合同運動会だった。少しのぞかせてもらった。こじんまりとして老若男女関係なく参加する、とても温かい雰囲気の運動会。「この学校は全校生徒6人。県で一番生徒数の少ない学校です!」と元気に話す地元の方のことばが、とても印象的だった。「今年の生徒数は何人なんだろう?」「やはり統廃合などの問題が出てきているのだろうか」など気になってしまう。そして今年の運動会も見たい!‥など思ってしまうのである。










http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2007/10/05 05:55】 | 木造校舎・廃校 | page top↑
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