スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
#136 変わりゆく峠の風景(栃ノ木峠)
~変わりゆく峠の風景(栃ノ木峠)~

昭和30年代後半から現在にかけて、山間部の多くの歴史ある集落が姿を消し、何百年も続いた歴史の幕を閉じている。そしてそれは今もなお進行中で、そう遠くない将来に同様の運命をたどると思われる集落は少なくない。滋賀県伊香郡余呉町の最北部『中河内』の小字『栃木峠』。海抜537mの峠にあった集落だ。その昔、この峠の集落は宿場として栄え、多くの旅人を受け入れ、人々の疲れた心身を癒してきた。北国街道(R365)の滋賀県と福井県の県境、昔で言うと越前の国と近江の国の国境にあたるこの地には、地名の由来となった樹齢500年とも言われる巨大な栃の木が今も健在だ。戦国の時代から現代まで峠を見守ってきた巨木のその堂々とした姿を目の前にすると、己の小ささにただ言葉を無くす。

峠の集落『栃木峠』。ずっと以前には上峠と下峠を合わせて9軒もの家屋があったというが、1966年頃には家屋が4軒となっており、70年頃には2軒の家屋にのみ人が住んで、そのうち冬を越すのは1軒だけになっていた。巨木近くの峠の茶屋は、その頃既に廃屋となっており、後に余呉へ移築されている。そして家屋は峠より少し下がった所の2軒を残すのみとなった。1970年頃でさえ、この地で冬を越すのは1世帯のみだったというから、その後冬季に無住となったということは自然の流れといえるだろう。

この2軒の家屋、北国街道で福井県へ向かう際にはいつも目することができ、歴史がしみこんだその存在になぜか嬉しくなったり、庭先のきれいな花に心を癒されたりしたものだ。2軒の間を貫く北国街道の立派な舗装路面に、遠慮するかのように向かい合う2軒の老家屋が可愛らしくも頼もしくも思ったりした。しかしこの老家屋が、人が常時住まなくなってからも長きの間このように美しく保ち続けてこられたのは、ここに住まわれている方の故郷への強い思いがあったからに他ならない。ここは現代でも冬季通行止めになるという豪雪地帯で、冬は雪で閉ざされてしまう。家屋の損傷も平地とは比較にならないほど大きいはず。その苦労は並大抵のものではないだろう。それでもこの姿を保ち続けてきたことの背景の大きさを感じるのだ。

ある日、2軒のうちの1軒が「解体されているのでは?」という情報をいただいた。今年の夏である。早速見に行くと屋根や柱は残されているものの壁は全く無い状態。取り壊し?解体?など思ったが、その後取り壊されること無く、しばらくその状態が続いた。そのため私は「取り壊しではなく改築されるのだろう」など勝手に思い込んでしまった。そして先日その後の様子を見に行った。しかしそこにはもう家屋の姿は無く、跡地には何本もの柱がきれいに積み上げられ、その向こうには長らくトタンの下にあった茅葺きの茅が積まれていた。歴史深い老家屋は解体されていたのである。しかし通常の解体であれば柱も茅も散乱するはずなのに、それがきれいに並べられている。やはりその背景に感じるものは大きいのである。

歴史深き地の歴史を知る家屋が一つ姿を消した。季節のよい時には、手入れされて庭先にきれいに花を見せてくれていた峠の老家屋の風景は、この秋に大きく変わることとなったのだ。でもこの地にはまだ家屋が1軒、旧道らしきものに沿ってあるいくつかの墓標、そして地蔵堂が残る。それら全てには間違いなく、長い歴史があり背景がある。人が住まなくなった峠の集落は確実に時の流れの中に姿を消しつつあるのかもしれないが、まだまだそこには人々の温かみを感じることができる‥など強がって思ってみたりもするのである。



●記念誌「ふるさと中河内」(発行:余呉町)より










http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
関連記事
【2007/12/08 19:44】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。