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#137 林道からの風景と廃村『山中』
~林道からの風景と廃村『山中』~

前回のこのコーナーで、滋賀県と福井県の県境にある栃ノ木峠の集落を紹介させていただいた。すでに林道のコーナーでも紹介しているように、この栃ノ木峠からは‘林道・栃ノ木~山中線’が延びている。栃ノ木峠と福井県の旧今庄町の『山中』を結ぶ全線舗装の林道だ。途中いくつかの分岐があったり、日本海が臨めたり、また今庄365スキー場内を突っ切ったりなど、なかなか走っていて面白い林道である。既に全舗装というのが何とも残念であるが、それでも変化のある景観は十分に訪れるドライバーを楽しませてくれる。

訪れたこの日、やや鮮やかさにかけるものの、連なる山々はすっかり秋の色に変わっており、美しい紅葉の風景を見せてくれていた。全舗装とはいえ訪れる人はほとんどなく、時たま観光と思われる車とすれ違うだけ。また北国街道を離れてしまうと、峠を目指す大型車の低いエンジン音が風の加減でたまに響いてきたりするが、聴こえてくる音は風の音くらいのもの。太陽の日差しを浴びたススキの穂は風に揺れながら黄金色に光り、木々の影が路面に落ちて強いコントラストを作る。そして周りを見渡すと、山また山。これら、林道に広がる山々の秋をほとんど独り占めというのは何とも贅沢の極みで、心身とも思いっきり心癒やされるのだった。

紅葉の山々を眺めながらボーっとする。これがまた最高に心地よい。しばらくして頭の中が空っぽになって落ち着いてくると、いろいろな映像が脳内に勝手に浮かんでくる。この日まず出てきたのは、先に訪れた『栃木峠』の集落の風景だ。栃の木の巨木の傍らの茶屋が多くの旅人で賑わっていた頃の風景、そして人が通らなくなって廃屋となった頃の茶屋の風景。一軒、また一軒と人が去っていった集落の風景、これらが次々と浮かんでは消える。しかし当然ながら現実に見たことのない風景ばかり。したがって全てがモノクロのイメージとなっている。あれやこれや脳内イメージを楽しんでいると、あることが思い出された。そしてそれによって脳内イメージは途切れることとなった。

あることとは、この林道の北側の起点となる‘山中’のこと。今は杉林となっているその地にも、かつては『山中』という集落があった。昭和40年の時に既に3戸となっており、その年の秋に全戸が移転を決め廃村になったという。今から40年余り前のことである。まだ集落『栃木峠』に数軒の家屋が残っている時、既に山向こうの集落『山中』は廃村の道を選んでいたのだった。製炭と鉄道勤務に多くを頼っていた豪雪地域の集落は、燃料革命、38(サンパチ)豪雪、そして旧国鉄の北陸本線の電化による影響などで、急速に人々が離れていかざるを得なかった‥と言うことなのだろう。

私が『山中』を訪れたのは昨年の秋、10月。集落があったと思われる辺りは杉林となっており、40年もの年月の流れの中に、当時を思わせるものは何も残されていないように思えた。しかしその地を歩いてみると、わずかではあるがかつての集落の名残りと思われるものを見ることができた。崩れた土壁の小屋(蔵?)、倒れた木製の電柱、細い溝にかかる苔むした石橋、そして墓石‥。杉林に同化したかのように立つ電柱も見られたが、こちらはコンクリート製のものなので後に設置されたものかもしれない。人の温かみから遠ざかって久しいように感じられた中で、お墓の周りの草が短く刈られているのに、心休まる思いがしたものだった。

林道から見える風景。単に山が見えるだけに思えるこの風景も、その奥深くには別の風景が見えてきたりする。今はおそらく冬枯れの木々の色に山々は変わっていることだろう。そしてもう間も無く全てが雪に覆われ、真っ白な無彩色の風景に変わるはず。今は厳しい冬が訪れても、それを待ち焦がれていたかのように、周辺のスキー場に多くの人が集まってくるこの山深い県境の地。しかしその昔、ここには何百年もの歴史とともに繰り返されてきた豪雪と戦う人々の生活があり、温かみがあった。そしてそれらの跡は、ちょっと振り返ってみることで今でも見ることができ、感じることができるのである。













http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2007/12/16 10:09】 | 福井県山村・廃村・自然 | page top↑
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