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#141 狛犬のワタ帽子
~狛犬のワタ帽子~

「おぉ!(何とも可愛らしい!)」とそれを見た時、思わず声が出てしまった。邪悪なものから、祀られている神を護り続け、ひたすら寡黙で勇猛な狛犬が、何とも可愛らしいワタ帽子をかぶっているのだ。それも二頭ともお揃いでかぶっている様が何ともほほえましい。神聖な場でこのようなことを思うのはよくないことなのかもしれないが、思わず心温かくなる光景だった。

山村を訪れるとよく目にする狛犬。一つの集落には必ずといっていいほど神社があり、そこには必ず一対の狛犬たちがいる。狛犬について詳しいことはわからないのであるが、なぜか私はこの狛犬には大いに惹かれるものを感じてしまうのだ。村人たちの思いや願いを背負い、物言わずその役割を果たす。雨が降ろうが雪が降ろうが、朝も夜も関係ない。特に廃村となった集落で、人がいなくなってもなお忠実に神を護り続ける狛犬たちの姿は何とも頼もしく、そしてそのけなげな姿が意地らしい。

この日訪れたのは、鈴鹿の山間部の集落『君ヶ畑』。雪の降った正月明けのことだった。『蛭谷』とともに木地師発祥の地として有名なこの地『君ヶ畑』にも、例外なく過疎の波が押し寄せ、人口の減少そして高齢化も著しいという。ずっと以前に訪れた時には真新しく感じた‘木地師の里’の村入り口の看板も今はすっかりと古びてしまっている。今年は雪が少ないとはいえ、集落内にはけっこうな量の雪が残っており、そのためか屋外に出ている人もほとんどなく、寂しさが増幅される感じもする。

この歴史ある地には、木地師・轆轤師の祖とされる惟喬親王を祭る‘大皇器地祖神社(おおきみきじそじんじゃ)’がある。鳥居あたりから参道に立ち並ぶ見事な大杉には、何者にも有無を言わせぬ迫力と厳格さを感じる。雪多い周囲の風景であるが、立ち並ぶ大杉が雪を遮るからなのか、思いの他、境内には雪は少ない。その中で見た狛犬たちのワタ帽子。周囲を見るとこのあたりには雪が降り落ちていたようで、狛犬だけでなく横の石灯篭などにも雪がかぶさっている。ちょうど大杉たちが雪を遮りきれない所に狛犬たちがいた、ということなのだろう。いや、もしかしたら大杉が、生真面目な狛犬たちに少しばかりのいたずらをした??

狛犬は単なる石像。人工物だ。感情も意思などを持つはずがない。当然、動くわけもなく神社で神を護るなどの行為をするはずもない。しかしその背景には多くの人たちの思いがあり、願いがあり愛情がある。そしてそれは限りなく深い。そう思った時にそこに命に近いものを人々は与え、そして感じる。だからこそ人々はそれらを大事にし、思いを託し、そして感謝の意を表す。これは狛犬に対してだけのことではない。木々に、花に、水に、天に、陽に、動物に‥自然のもの多くに人々は感謝してきた。そしてそうすることによって、長年にわたって自然とともに生きてくることができた。今、自然に対して人間はどう接しているのかということを考えると、人間の限りない驕りを感じてしまう。何とも可愛らしいワタ帽子をかぶった狛犬を見ながら、このようなことを感じてしまうのである。









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2008/01/13 21:02】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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