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#142 ‘君ヶ畑’にて
~‘君ヶ畑’にて~

ここに来るといつも立ち止まり撮映する場所、というのが私にはある。鈴鹿の山間の美しい集落『君ヶ畑』では、この水場がそれである。いつ訪れても、何とも冷たそうな水が出っ放しで、その水の流れる音が大変心地よく耳に響く。蛇口につけられたホースから流れ出る水は、下に置かれた年季の入った金属製の桶から溢れ流れる。なぜか右端の桶には青々とした葉が置かれている。これは確か以前見た時も、そうだったような気がする。

この日も水場に近づき、へばりつくように写真を撮っていた。すると背中から「熱心に撮ってはりますなぁ」という声。そういえば以前もここで同じような感じで声をかけられたような気がする。その時は女性のお年寄りの方だったが、今回は男性。「写真を撮らせてもらってます。きれいな所ですねぇ」と返す。早速いろいろとお話をうかがう。いつも出っ放しのこの水道のことをうかがってみた。すると、以前に集落で火災があり多くの家屋が焼けてしまったという。それ以来、谷から水を引き、集落内にいくつかの水場を作ったそうだ。そういえばここの他にもいくつかの水場があるが、全て水は流れっぱなしになっている。「御池岳からの水は枯れることはないからな。けっこう有名で、これを見に来る人もおるんや」だそうである。もちろん、私もその一人だ。

この集落、今でこそ自動車道が着いているが、その方が子どもの頃は8kmもの山道を毎日学校まで通ったそうだ。「そのおかげで、今も元気や」と筋金入りの健脚であろう足をポンとたたく。やはり幼い頃に「一山越えて‘茨川’へ行ってな、そこからさらに鈴鹿の峠(治田峠)を越えて伊勢まで行って、それで今度はまた山を越えて戻ってきてお多賀さんまで行ったもんや」と懐かしそうに話される。いろいろお話をうかがっていて、ずっとこの地で暮らしてこられたものとばかり思っていたが、うかがってみると仕事を定年退職されてこちらに帰ってこられたという。何十年もの勤労生活を終えた後に、懐かしき故郷の地で静かに第二の人生をすごす。この地は冬場にはかなりの雪が降り積もる。それでも「何年か前の大雪の時は、役場から50人もの人が雪下ろしの応援に来てくれはってな」と話される姿に、そのことを疎ましく思う気持ちはまるで感じられない。

その方にお話をうかがった後、しばらく村を散策する。すると以前、分校跡地にあった二ノ宮金次郎像の姿が見えないことに気がついた。金次郎像のあったあたりで工事がされているのだ。「工事で、とうとう取り壊されたのか‥」と思いながら、近くで雪かきをされている方にそのことをうかがってみた。すると「今工事で、校庭の奥にのけられてますよ」とのこと。そちらの方に行ってみると‘木地師の里の金次郎’を見つけることができた。「やぱり大事にされているんだなぁ‥」と何とも嬉しくなる。

山村を訪れるといつも「なぜ、こんなに心が落ち着くんだろう‥」と思う。五感に感じるもの全てに心がなじむ、そんな感じがする。今は人が少なくなり、寂しさが強調されがちであるが、数十年前は多くの人と賑やかな子どもたちの声が響いていたはず。「一度でもいいからその頃の様子を見てみたい」なんて、かなわぬことであるがいつも思ってしまうのである。













http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2008/01/20 22:49】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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