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#152 楽しく元気な、不釣合いな風景
~楽しく元気な、不釣合いな風景~

冬季に無住となる集落。住民の全てが生活の拠点を他の地に移し、季節の良い時などにのみその地に帰ってくる住民のある集落。家屋の状態の良い所では、そういう時期に実際の生活も営まれているような所もあるようだ。しかし住民票等は全て移されているので、住民数は0。それゆえ、冬場にもし集落へつながる林道が雪で埋もれてしまっても、除雪などがされることはもう無い。

岐阜県と福井県との県境近くの山奥にある、冬季無住となる集落を訪れた。多くの家屋が美しく残されているのは、季節の良い時に帰ってこられている人たちが多い、ということなのだろう。この美しい集落が大変好きで、私は年に何度か訪れる。もちろん雪に埋もれた冬場に訪れることは無いので、訪れた時にはいつも人の姿、もしくは人の気配を感じる。畑には青々とした野菜があり、秋の収穫の時期には農作業の音や人々の声が、山に囲まれた村に響きわたる。それでも村の人たちが一年間を普通に生活していた昔に比べたら、遥かに静かなのだろう。「(この風景が見れるのも)私らが元気なうちだけやろうね」という地元の方のことばに現実を感じたりするが、このささやかな賑やかさには、やはり嬉しさを感じるのである。

訪れたこの日は5月の連休。やはり村の人たちが何人か帰ってきておられ、畑仕事などで忙しそうにしていた。目にする方のほとんどが高齢者の方たちだが、山深くにある多くの集落の現実を考えると当然のことなのかもしれない。しかし畑を耕す人、一輪車を押す人、昼ご飯の準備をする人‥などなど、村はまさに生きている集落という感じで、この風景だけを見ると行政上の‘廃村’というイメージからは程遠い。それらの動きのある風景と、新緑の緑、青い空、そして古びた家屋や木造校舎などの風景の中に心地よく浸りきる。

そんな時、ふと山村には似合わない音が聞こえてきた。ゴーゴーとアスファルトの道に響いている。すぐにその音の方を振り向くと、そこにはスケートボードに興じる子どもの姿。何とも不似合いなその音の主は、スケートボードをする小学校中学年くらいの男の子だった。村の真ん中を走る道を、ボードに乗って駆け抜けてゆく。まだそんなに慣れないのか、巧みに操るという感じではないが、なにかそれがかえって新鮮に感じる。このような山奥で、冬季には無住化するような集落で、このようなシーンに出合うとは思いもよらなかった。そしてこの、意外で不釣合いな風景が実に楽しく元気に感じられた。人が多く住んでいた頃には多くの子どもたちがいて、今なお健在の古びた木造校舎にも賑やかな声が響いていたはずだ。その頃の賑やかなシーンがこの景色を見て、ふと浮かんできた。違和感を感じたスケートボードはその頃にはあるはずも無いのだが、そんなことはどうでもよいくらいに、その不似合いな風景を重ねることができた。子どもはエネルギーである、ということを改めて感じたりもしたのである。

大型連休やお盆には、日頃静かで寂しい山村集落にも違った風景が見られることがある。人の姿の無い静かな山村の風景もいいが、こういった少し違った山村の風景も私は大好きである。この日見た子どもがここの住民でないということはわかってはいるが、こういう風景にはホッとさせられてしまうのである。










http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2008/06/06 05:50】 | 岐阜県山村・廃村・自然 | page top↑
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