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#155 山村『久多』で思うこと
~山村『久多』で思うこと~

京都と滋賀の県境近くにある『久多』(京都市左京区)という集落を訪れた。前に来たのは約15年も前のことで、その頃に撮った写真が見当たらず、ほとんど記憶にも残っていない。ただ頭の中で「静かで美しい山村だったなぁ‥」という印象だけが穏やかに残っている、そんな感じだった。

訪れたのは久多の集落の中心の『下の町』『宮の町』周辺。道沿いに流れる川、決して川幅は広くは無い。早速のぞきこんで見ると魚の姿が見える。背中の斑点に胴の縞、それに赤い斑点。どうやらアマゴのようである。山深くに流れる川に見られるこの魚が普通に見られたことに、なぜか嬉しくなってしまう。周囲が山や木々の緑に囲まれ、静かな集落の中を川が流れるこの風景、本当に心癒される美しき山村の風景といった感じだ。以前見た時の印象は、この風景を見たものだったのだろうと一人納得する。

川の向こうにはグランドが見える。その寂しい様子から、一目で‘元・学校’ということがわかる。周辺に校舎らしきものが見られないのは、既に廃校となってかなりの年数が過ぎているからか‥。このことをどなたかにうかがおうかと思って周囲を見渡す。しかし周辺に人の姿は無く、あきらめる。簡易郵便局があるにはあるが、わざわざ仕事を中断させてしまってまでうかがうには申し訳なく思い、車に戻り先に進むことにした。

ふと見ると大変美しい茅葺き民家が見える。ちょうどそこにお住まいの方が出ておられたので「こんにちは」と挨拶を交わし、先程の学校のことを尋ねてみた。その方のお話によると、川向こうの‘学校のグランド’はやはり学校のグランドで、以前は川の向かいの郵便局のあった辺りに小学校と中学校があったという。残念ながら小学校の校舎はもう取り壊されてしまっていて、今はもう見ることはできない。中学校の方は建物を改築して、お年寄りの方の施設として現在は生まれ変わっているのだという。「わたしもそこによう行かせてもらいますんやわ。昨日も行ってきましたんよ」ということだそうだ。そういえばさっきそのような、何となく学校を思わせる風の建物があったなぁ‥など思い出す。ちなみに廃校後、ここの子どもたちは遠く大原の学校まで通っていたそうだ。そして現在も数人の子どもたちが集落にいるのだが、この子達は今は大原ではなく滋賀県の大津の小学校へ通っているという。京都の子が滋賀の学校へ通う。距離は滋賀のほうが近い。以前はこの越境が受け入れられなかったそうだが、今は大津側も受け入れてくれている。その背景には、そちら(大津)の学校も生徒数が激減している、という事情があるのかもしれない。

それにしてもこの方のお住まいの茅葺き家屋は実に美しい。「写真、撮らせていただいてよろしいですか?」とうかがうと「どうぞ、どうぞ」と快い返事がいただけた。しかしその後に続いたことばに、思わず考えさせられてしまった。要約すると以下のような感じである。‘最近、何も言わずに勝手に家のすぐ近くまで来てカメラを構える人が多い。中には開いている窓から家の中を覗き込んだりする人もいて、本当に気味悪く思う’というような感じだ。

夏の暑い時など、心地よい涼をとろうと窓を開け放してくつろぐことはよくあること。そんな時、いい気持ちでウトウトしていると、ふと人のザワザワする声が聞こえてくる。そちらを見ると窓から見知らぬ何人かの人間が中をのぞいている。こちらを見て何か話している。そして手にはカメラ‥。それは驚くだろう。今のご時世、高齢者の方でなくても、そんな状況に遭遇したら本当に不気味に感じてしまうはず。

一言、声をかけてくれたらいいのに‥

私もよく山村を訪れて写真撮影をする。しかし写される方にしたら‘見知らぬ人間が何をしに?’という感じである。あまり風貌のよろしくない私など不審者と思われてしまうのが普通だ。そうなってしまわないよう大事なことを忘れてはいけないなぁ‥ということを強く感じたりするのである。











追加:久多小・中学校は昭和56年3月31日に一時閉鎖されて、通学区が大原小中学校に変更されています。さらに平成6年の4月1日からは、滋賀県の大津市立葛川小・葛川中に子ども達は通うことになったとのことです。


http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2008/07/04 01:30】 | その他山村・廃村・自然 | page top↑
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