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#161 荘川桜
~荘川桜~

岐阜県岐阜市と富山県高岡市を結ぶ国道156号線、私が岐阜の北部や中央部を訪れる際には必ずといっていいほど利用する道だ。それの旧荘川村を北上し白川村へ入ろうかというあたりになるのだろうか、御母衣ダム湖の湖畔にひときわ目を引く二本の巨木がある。‘荘川桜’である。全国的にも有名な桜であるが、訪れたのが真夏のオフシーズン時期ということもあり周囲にほとんど人の姿は見えない。もちろんこの時期、桜の花など咲いているはずがないのだが、花はなくても圧倒的な存在感を周囲に示しているのはさすがだ。

毎年桜の咲く時期になると、大変多くの人がこの二本の桜の木の周囲に集う。私も人並みに「荘川桜の桜の花を見よう!」と思い何度か訪れたことがあるのだが、人混みと渋滞の苦手な私は、結局ノロノロと動く車の窓から横目で見ながら通り過ぎるだけに終わってしまう。で、人の少ないこの時期にじっくり見てみようと思っての今回の訪門。桜の花があるにこしたことはないのだが、それよりも静かにじっくりとこの巨木と向かい合えることが、私にとっては大事なことなのである。

NHKのテレビ番組のプロジェクトXなど、多くのテレビ番組や書籍などでも取り上げられているのでご存じの方も多いと思うのだが、この二本の老桜は御母衣ダム建設によって水没する中野地区の二つのお寺から移植されたものだ。そしてその奇跡的ともいえる移植に際しては、ダム開発責任者、ダム建設反対住民、移植作業を請け負った人たちなど多くの人たちを巡って多くの感動的なドラマが生まれている。 桜を思う心、故郷を思う心、故郷を失う人たちの心情を思う心‥などなど、そこには多くの‘思う心’が渦巻き混ざり合った。そしてそれら‘思う心’に心動かされた人たちからも、また新たな心動かすドラマが生まれてくる。名古屋から金沢まで、太平洋と日本海を桜でむすぼうという、旧国鉄バスの名金線の車掌をされていた佐藤良二さんの‘さくら道’も、その感動から生まれた新たなドラマだ。この‘さくら道’についても書籍ならびに、それをモデルにした映画なども作られたりしているので、ご存じの方も多いことかと思う。

もちろんこの荘川桜には、水没地区の住民の方の、今は無き故郷への思いや、樹齢400年以上という長い歴史の中で生まれた数え切れないほどのドラマが詰まっているはず。厳しい冬の間に降り積もった雪が融け、村人たちは待ちに待った春の訪れを桜の開花とともに喜ぶ。土地を開墾し水を引き、ようやく軌道に乗ってきた畑仕事や米作りに汗した者たちが、桜の木陰で疲れきった体を休ませる。子どもたちは、木に登ったり、枝にぶら下がったりして桜とともに幼い日を元気に遊ぶ。また、待ち合わせの場として桜の木の下で結ばれた若い二人が、やがて年老いてはこの古木のまわりを掃き清め、過ぎた日々を老夫婦として懐かしく語り合う。寺の境内で一本の桜の苗木が大切に植えられたことから始まり、以後400数十年間、桜のまわりでは数え切れないくらいの多くのドラマが流れていったのである。

この桜の周りで多くの人々の心が動き、そこから多くの感動が生まれ、今なおその形を我々は目にすることができる。そしてこれからも継続して多くの人々の思いが刻まれてゆく。桜の花の賑やかな時もいいのだが、こうして静かな時期に静かに見る二本の巨木も実に美しい。その中に刻まれてるほんのわずかではあっても、その思いを感じることで、この桜との接し方が全く変わってくる。数え切れないほどの様々な思いが、老木に刻まれた幹のしわから語られ、そしていろいろなことが際限なく思い浮かんでくるのである。湖畔に静かに佇む二本の老桜から感じることは尽きない。









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2008/08/27 21:04】 | 岐阜県山村・廃村・自然 | page top↑
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