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#177 まだまだ福寿草(旧脇ヶ畑村にて)
~まだまだ福寿草(旧脇ヶ畑村にて)~





久しぶりに、滋賀県多賀町にある旧・脇ヶ畑村を訪れた。集落跡に咲く水仙の花が見たかったからである。今年はいつもより春の訪れが早く、下界?では梅が咲き誇り、所によっては桜の蕾もほころび始めているという。当然、この日の目的である水仙も下界ではとうに咲いている。この日も多賀大社前を通りかかったあたりで、黄色く咲いた水仙の束を抱えた女性を見かけた。それを見て、ますます期待感は高まる。下界より気温が低いとはいえここ数日の暖かさ、さすがに山の集落『杉』『保月』あたりでも、冬枯れの葉をかき分けるようにして水仙の花が顔を出しているはず。

というわけで脇ヶ畑村をめざして、鈴鹿の麓の集落『栗栖』からの一本道を入っていく。相変わらず道は狭く荒れて、うす暗い感じだが、さすがにもう雪の姿はない。杉坂峠を越えると一旦軽い下りとなり再び上る、そして見えてくるのが『杉』の集落。以前、通り沿いにあった茅葺き家屋は今は残骸のみとなってしまい、道から見る集落の雰囲気は以前とはかなり変わって感じる。車を広場に停め、早速、水仙の咲いているであろう場所に行ってみる・・・が、何も無い。水仙の花どころか、その緑の葉っぱさえなかなか見つからない。そこにあるのは幾重にも重なった冬枯れの植物だけ。まだまだ早すぎたということ。下界からの想像と、山腹の集落の現実はかなり違っていたようである。

それにしても久しぶりに訪れた『杉』の空気はとても冷たくておいしい。水仙の花が見れなかったのは残念だが、それはそれで気にならないほどの心地よさを十分に与えてくれる。少し集落を歩いてみる。この冬は雪が少なかったとはいえ、残っている家屋の傷みは一冬ごとに増しているようである。傷んでいくのは仕方の無いことかもしれないが、やはりそこには寂しさを感じざるを得ない。ただ、集落全体が冬枯れの植物に覆われていても暗いイメージを感じないのは、バックに広がる爽やかな青空と暖かさのせいだろうか。何よりも春の訪れが間近ということが、こちらの心を和ませてくれているのかもしれない。ここに人々在りし頃は、冬枯れの植物などはとっくに取り払われ、もっと緑と土が見えていたはず。他には、庭に干された洗濯物や車、自転車などの生活の様々な道具・・・。その時は、きっと集落の色も今とはだいぶ違った感じだったのだろうなぁ、など勝手に考える。

始めは冬枯れの色ばかりが目立っていた『杉』だが、よく見ると見慣れた黄色い色が目に入ってくる。福寿草だ。それもけっこうある。家屋の裏、石垣にはたいてい咲いている。下界では本格的な春を告げる花が誇らしげに咲きつつあるが、ここではそれはもう少し先のこと。それまではこの福寿草が早い春を彩る。脇ヶ畑の春は、まだまだ福寿草が主役なのである。で、水仙はというと、今はまだ元気よく、緑の硬めの葉をまっすぐのばしているだけ。その様子は、開花に備えて太陽の光、春の空気を思いっきり吸収しているようにも思える。よく見ると蕾も見えるが、まだ尖った感じで、美しい花を咲かせるまではもう少し時間がかかりそう。ついでに桜も見てみる。ここにも蕾を見ることができたが、まだまだ硬く、花となるにはかなりの時間がかかりそう。

春はやはり植物が楽しい。自然にあるもの、人の手によって植えられたもの、それらは様々だが、旧脇ヶ畑村のこの地では、今は全てが自然のままに生きている。冬枯れの中からのぞく葉の緑は、まぎれも無くこれから弾けるエネルギーの色。春の彩、植物たちの様々な色でにぎやかになるまで、あと少しである。









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2009/03/24 03:24】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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