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#178 新・五僧峠にて思うこと
~新・五僧峠にて思うこと~





林道や廃村、過疎の村などの美しい風景を求めて山間部を訪れた時、大規模工事などでそれまでの風景が大きく変貌してしまって失望することは決して珍しいことではない。しかし、この度訪れた滋賀県の多賀町と岐阜県の上石津町の境界線にある五僧峠には、その変貌ぶりに大いに失望することとなった。上の写真をご覧いただきたい。これは岐阜側から見た新・五僧峠である。五僧峠の風景をご存知の方はきっと驚かれることだろう。

サイトの廃村『五僧』の項にも書いてあるように、五僧峠は大変歴史深き峠だ。伊勢からの多賀大社詣の人々の道としてはもちろん、関ヶ原の合戦で西軍の名将、島津義弘の軍が徳川軍の意表を突く中央突破で戦地から逃げのびた後に越えた峠としても有名で、歴史にその名を刻む。以前から岐阜県側の『時山』から林道が延び、近い将来に五僧峠におよび、そして権現谷林道と結ばれることは知ってはいたが、実際こうして『五僧』の集落跡を押しやるかのようについた舗装路を目にすると、何とも言えない気持ちになってしまう。未舗装の段階ではそんなに違和感を感じたりはしなかったのだが、舗装された今の峠の風景を見ると、何とも言葉を失ってしまう。下の写真のように、一応今までの五僧峠も舗装路横に申し訳程度に残されてはいるが、その景観はこれまでの「山奥深き峠」というイメージからガラッと変わってしまったのである。




最近まで未舗装だった、峠から権現谷林道までの道もきれいに舗装されており、周辺道路が普通に車で通行する分には大いに走りやすくなったことは間違いない。これにより岐阜県側から五僧峠にはずいぶんと行きやすくなったことと思うが、それによって不法投棄が増えるのも心配だ。また、峠横に残っていた廃村の家屋はここ数年で心無い者たちにすっかり荒らされてしまったが、それに拍車をかけることも間違いないだろう。

それにしても、いったい誰がこの道を利用するのか。何も知らないドライバーが仮に岐阜県側から権現谷林道まで来ても、権現谷林道ならびに『保月』へと至るアサハギ林道はいずれも大変細く、落石などで思いっきり荒れており非常に危険である。とてもではないが一般のドライバーが訪れるような道ではない。それともいずれは岐阜と滋賀を結ぶ幹線道として、莫大な金と自然破壊の犠牲の上で道路を整備しようという計画があるのだろうか。また周辺の林業を営む上で、どうしてもきちんとした車道が必要とされた、ということなのだろうか。以前このあたりの森林の手入れをされている方が「木を切って出荷しても、安価な輸入材がある今の時代、切れば切るほど赤字になる」と言われていたのを思い出す。そのことを考えると、大規模な伐採や植林がされるとは思えない。この林道工事に費やした費用がかなりなものになるということは、素人の私でも想像がつく。この工事によって多くの助かる人がいて、生活する人たちに待ち望まれていた道なのであれば多少の犠牲もやむなしと思うのであるが、素人の私の考えではどうしてもそれが浮かんでこないのである。(もし詳細の事情をご存知の方がおられましたら、教えていただければ幸いです)

峠を護っていた地蔵さんは今も健在。新たな道路を背にして、以前と変わりなく静かに佇む。私が地蔵さんなら「おい、おい、何だか背中の方が落ち着かないぜ。お!何してんだよ。まわりの空気を読めよ。」なんて言ってしまいそうだが、もちろん本物の地蔵さんはそんな下品なことを言うはずがない・・のである。







http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2009/03/29 09:37】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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