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#184 綾部市の木造校舎?
~綾部市の木造校舎?~





山村を目指して何気なく車を走らせていると、予想外の出合いをすることがよくある。この日は京都府の綾部市を特に目的もなく移動中だった。車窓から、田園風景を貫く線路を隔てて細長い集落が見えて来た。ごく普通の山村集落の風景だ。運転しながらなので、もちろんゆっくりその風景を見ることなどできない。チラ見である。するとチラ見の視界にチラッと見えたのが木造校舎らしき建物。「お!もしかして!」と車を停めて確認する。どうもそれは、やはりそれ(校舎)らしい三角屋根の建物。さっそく引き換えし集落への道を入ってゆく。

自分で言うのもなんであるが、遠くから木造校舎を見つける眼力はけっこうあるように思う。遠くからそれらしき建物をみつけて近づいて確認すると、ほぼ100%で木造校舎もしくはもと元校舎だ。大きなグランドなどがあればわかりやすいのは当たり前だが、それがなくてもけっこう見分けがつく。もちろん民家とは違う大きさと形なので区別しやすいということはある。しかしそれ以上に‘雰囲気’の違いが判別材料となっている。家並みの流れの中でそれは微妙に違っているのだ。といっても決して違和感があるわけで無く、うまく風景にとけ込んでいるのが面白いところ。農協の古い建物や古い小さな工場、公民館などもけっこうそれに似ているが、やはり違うのである。

この日の‘木造校舎’は少し驚きだった。褐色の二階建ての窓から滑り台がグランドに向かってのびているのだ。「なんだ、これは?」と一瞬感じたりするが、それは、壁面の「東八田幼稚園」の大きな看板を見て納得。木造校舎ではなく‘木造園舎’だったのである。園庭には様々な遊具。この日は日曜日なので誰もおらず寂しい感じだったが、その遊具の使い馴れている様子からここがまだ現役であると判断。「そういえば以前に見た大きな木造園舎もこの周辺(奥上林)だったなぁ」など思い出す。奥上林の木造園舎は残念ながら現役ではなかったが、ここは現役のにおいがプンプンする。以前このコーナーで現役の木造校舎の中学校「何北中学校」を紹介したが、京都府北部のこの辺りは,本当に美しい木造校舎がある(何北中学校は本サイトの写真帳コーナーでも紹介しています)。この日出合った木造園舎に感謝しながら、写真撮影をする。残念ながらフェンスの鍵がしっかりと閉められているため園庭には入れなかったので、道路からの軽い撮影だけをしてここを後にすることにした。




それにしてもこの二階からの滑り台は何とも魅力的だった。普段は遊具として使われているのだろうか、それとも緊急避難用としてつけられたもので普段は使用されていないのだろうか、小さい子供なら絶対に下から登ったりするだろうが危なくはないのだろうか、などなどいろいろ考えてしまう。そして「滑ってみたい」とイイ年をしながらも思ってしまう。おそらくこれを見た人の10人中8人は年齢に関わらず「滑ってみたい」と感じるのではないだろうか。たしかどこか忘れたか,同じような滑り台を見たことがあるように思うのだが、思い出せない。

帰ってから早速この東八田(ひがしやた)幼稚園を調べてみた。そして驚く・・。現役と思われたこの東八田幼稚園は木造園舎の老朽化に伴い移転していたのだ。東八田小学校の校舎として1950年に建設され、1964年の小学校の移転時に今の幼稚園となったこの園舎、地元の人たちに惜しまれながら、この春に60年の歴史を閉じていたのである。さらに驚いたのは、耐震面の問題から2009年度中に取り壊されてしまうということ。幼稚園自体は近くの八田中学校に移転するということなので無くなってしまうわけではないのだが、何とも早い取り壊しだ。具体的な取り壊し時期は書かれてないものの、この美しい木造園舎の姿を見れるのもあとわずかということだけは間違いない。これも時代の流れということなのだろうか。残りわずかな時にその姿を偶然見ることができたこの出合いに、ただ感謝するばかりなのである。









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2009/05/30 20:18】 | 木造校舎・廃校 | page top↑
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