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#186 『男鬼(おおり)』にて
~『男鬼(おおり)』にて~


本サイト「e-konの道をゆく」の掲示板でいただいた様々な情報、それをきっかけにして出かけることがよくある。林道や廃村、山村など様々な書き込みいただいたことに刺激を受け、それに触発されて体中がムズムズしてじっとしていられなくなる。そしてわずかな時間を見つけてはカメラを抱えて出かけてゆく。不思議なことにそうして出かけた時は、いつにない光景に出合えたり感じるものが多かったりなど得るものが大変多かったりする。私にとって掲示板でいただいた書き込みは、単に情報を教えていただくというだけではなく、気持ちの面で新鮮な刺激をいただき、それが行動に結びついて新たな出合いや発見が生まれる、そんな感じなのである。




この日は鈴鹿山脈の山村『男鬼(おおり)』を訪れた。少し前の掲示板で、‘少年山の家’を体験した方から当時の感想をいただき、それに刺激を受けての訪問である。そういえば『男鬼』に行くのは久しぶりだ。ここは非常に思い出深い地で、以前は月に何度も訪れたりしていた。しかし昨年は茅葺屋根の葺き替えが滋賀県立大学の方で行われているなど聞いていたので、何となく行きそびれていた。あの極狭路に頻繁に?車が行き来するシーンを勝手に想像してしまい、ついつい遠慮がちになっていたのである。

『男鬼』は本当に美しい集落だ。この日も大変美しい景色を見せてくれていた。昭和48年から平成11年まで行われていた、彦根市の小学校の野外活動‘少年山の家’の活動打ち切り後もこの地が動いていること、それが美しさを維持し続ける大きな要因となっているのは間違いないところ。倒壊した家屋がそのままになって無惨な姿をさらすという、廃村独特の寂しい雰囲気もここではほとんど感じない。逆に今も人が入っていることを大いに感じさせてくれるのである。一軒残る茅葺き家屋、葺き替え作業もまだ終わっていないのだろうか、軒下にそのための茅が束ねられて置かれている。それ以外に残っている家屋も庭がきれいにされている。




一方で、これまできれいに耕されていた畑がもう手入れされておらず荒地となっていたりもする。このような風景を見ると本当に寂しく、そして胸が痛む。廃村を何度も訪れたりしていると、それまではきれいに花を咲かせていた花壇や作物を実らせていた畑が、ある年を境に全く手入れされず荒れ地となっていく光景を目にする。そういう風景に出合った時、そのことの意味することを時の流れの中で読み取り、そして人の温もりが一つずつ消えていくことの寂しさをしみじみと感じる。その時に見た光景、それはその時のみに見られる光景であり、その次、その次の次に同じように見られる保証は全くない。当たり前のことなのだが、そのことを改めて感じるのである。そこに時の流れを感じたりするが、こういった人の住まなくなった村は非常に繊細にそれを表してくれる、そんな気がしたりもする。

今も『男鬼』には‘少年山の家’の名残を見ることができる。集落の下端(霊仙落合方面)の空き地にある‘少年山の家20周年記念’の杭と‘記念モニュメント’だ。この‘少年山の家20周年記念’と書かれた杭は、それ自体が記念物というのではなく、植樹か何かの記念に作られたものを表示するための杭なのだろう。しかしそれも今は根元から倒れてしまい空き地に転がっていて、何を示しているものかはわからなくなっている。この杭は平成4年と書かれているから、今から17年前のもの。一方、道沿いに今も健在の記念モニュメントの方は、裏に昭和50年と記されてあり、今から35年程も前のものとなる。この頃の子どもたち、今は46~7才といったところか。当時のことを思い出したりすることはあるのだろうか。

この日は『男鬼』で誰とも出会うことはなかった。通り過ぎる車は1~2台あったのだが、この地とは関係のない方たちであったようだ。この周辺の鈴鹿の廃村や過疎集落の多くが寂しさばかりが強調されてしまっている中で、『男鬼』は多くの温もりを感じさせてくれる。この地を訪れると何とも心癒される気持ちになるのは、これまでの温かい記憶と今なお残る温もりのおかげなのかもしれない。









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2009/07/04 04:07】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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