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#189 合掌造りの郷で
~合掌造りの郷で~





山村などを訪ねた時に現地の人たちと関わる中で、何ともいえない‘人の温もり’を感じることがある。都会では決して味わえないような、ごく自然でどこか懐かしくもあるような温かみだ。そしてそういったものに触れた時、何とも心癒されるとともに、そこから教えられることが実にたくさんあるなぁ、など感じる。

私は昨年から、岐阜県と富山県の県境周辺の合掌造り集落やかつての合掌集落跡などをたびたび訪れている。昭和40年頃に撮られたある古い写真について、現地の人たちにいろいろとうかがっているのである。昨年は富山県の五箇山あたりからずーっと南下して白川村の平瀬周辺まで、いろんな人たちにお話をうかがった。日中ということもあり、どの方も仕事や畑仕事など慌ただしくされている。しかし、いきなり声をかけてきた得体の知らない私に対して、どなたも大変親切に応対してくれた。

畑仕事を途中でやめて、寒い中ふるえながらも長時間、集落の様々なことをお話ししてくださった相倉(あいのくら)合掌造集落の方、一枚の写真に写った吊り橋の構造から様々なことを考察して、場所や年代などていねいに教えくださった方、いきなり訪ねた会社の事務所で、仕事中であるにも関わらず快く向かい入れてくれて写真についての貴重な情報をたくさん教えていただいた建設会社の方、などなど他にも多くの方に声をかけさせてもらったが、どの方も本当に親切だった。初めは、たまたまその人が親切だったのかな??などと思ったりもしたのだが、やはりその土地の風土や人々の人柄は固有のものがあるのかもしれない、など感じたりもした。







そして先日、暑さの厳しいある日、白川郷の中心街ともいえる白川村の荻町を訪れた。昨年の訪問で、先ほどの建設会社の方からいただいた写真の情報の追取材である。世界遺産の観光地ゆえ混雑する土日を避けての訪問であったが、それでもかなりの人がいる。誰にお話をうかがおうとウロウロしていると、とある合掌造りの民宿の横で洗濯物を干している方が一人。早速声をかけてみる。古びた写真を見せると「私より母が詳しいから」「お話聞かせていただけますか?」と聞くと「いいけど、高くつくよ~」と笑いながら家の中へ。気さくに応対してもらえたことに何かホッとする。そしてすぐに「こっちへどうぞ」と民宿の中へ案内される。

生活の営まれている合掌造り家屋に入るのは初めてだ。ドキドキしながら入っていくと、案内された部屋にはおばあちゃん(先ほどの方のお母さん)と民宿で働いておられる方が一人。「どうぞ、どうぞ」と笑顔で迎えてくれたおばあちゃん、早速写真を見て「これは隣の○○さん、いつもここにくるよ」とすぐに電話連絡(残念ながらお留守だった)。先程の洗濯物を干していた気さくな娘さんもこられて一緒に写真を見る。すると「あ!これは妹!もうすぐ帰ってくるよ。」の言葉に大いに驚く。取材前は、写真に写っている人物が誰かわかれば上出来かなと思っていたが、まさかこんなに早くわかるとは、さらにここにお住まいだった方だとは・・今から40年以上も前の写真なのである。

このような感じで写真に写っている人たちのことが次々わかり、その後も三人の方から当時の貴重なお話をたくさんうかがうことができた。本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。そして荻町で他の取材に行こうと話していると、おばあちゃんの「おいしい茄子料理を食べさせてあげるから、またお昼においで。妹も帰ってきているから」の言葉。これにも大いに驚いた。大変嬉しかったのだが、本当にいいのだろうか?という気持ちもあり一瞬考えたものの、やはり喜んでお言葉に甘えることにした。




約束の時間に再び来ると、そこには茄子料理だけではなくお昼ご飯が用意されていた。そして妹さんも帰ってきておられる。「この写真のキレイな子は私。今もキレイやろ~」と先ほどのお姉さん同様、大変気さくな方だ。お姉さんは実家の方に帰られたということでもうおられなかったが、ここでもいろいろな貴重な情報をうかがうことができた。そして目の前に並んだ食事、こんなにご馳走になっていいのだろうかなど思ったがここも遠慮せずにいただくことにした。

茄子料理は民宿で働いておられる方(この方も地元の方でいろいろよく知っておられる)が作られたもので、大きな茄子に味噌が乗っている料理。これが食べ応えがあり実に美味しい。ご飯が何杯でもいけそうである。食べ終わってから「写真を撮っておけばよかった」など思ったのだが、それは後の祭り。ご飯には薄茶色の小さな粒が混じっている。稗(ひえ)だそうだ。米を作っていない頃はこれが主食であったという。聞いたことはあったものの食べるのは初めて。でも何の違和感なく美味しくいただくことができた。

おかわりの稗入りご飯をいただきながら、その後もいろいろなお話をうかがった。合掌造りの民宿で過ごしたこの時間、ごく自然な感じでもあり夢の中のような感じでもある、何か不思議な感じの時間だった。そして、これまでに体験したことのないような人の温かさにふれることができた、そんな感じがした。




夏休み時期の民宿という、大変忙しい時期に思いっきり甘えてしまったことを申し訳なく感じながらも、白川村の人々の温かみを思いっきり味わえたことを本当に嬉しく感じた。いきなりの正体不明の人間をこのように親切に受け入れてくれるなど、都会では考えられないこと。今でこそ道路が整備されているが、極めて自然の厳しい山深き地という歴史を長く刻んできた中で、「訪れたものを受け入れる」という人々の心が遠き古より受け継がれ、それが今なお残っていると考えるのが自然だと思えてきたりもする。人を思う心・・多くの地でそれらが失われていく中で、白川村にはまだそれが残されている、ということなのかもしれない。まず人を疑うことから入っていかないと安全に生活できなくなってきている今の時代、それが残されていることの大切さを何より強く感じる。

今、白川郷は観光地として大いににぎわっている。国内だけではなく海外からも多くの人たちがこの地を訪れる。そうした中つらい話も聞く。民宿の床の間に飾ってある花を黙って持っていく宿泊客がいる。そういうことが起こりだしてから、床の間に花は飾れなくなってしまった。ホテルのように出入りを厳しくチェックすることのない民宿、家族連れできたある宿泊客は、朝まだ誰も起きないうちに荷物をまとめて宿を出ていってしまった。もちろん宿泊費を払わずである。吸い殻のポイ捨ては当たり前、郵便受けには多くのゴミが入れられる。丹誠込めて育てた花を平気でちぎって持って帰る。黙って家の中に入りのぞき込み、民家とわかるとお詫びどころか捨てゼリフをはいて出ていく・・・などなど、観光地となったゆえの苦労をあげていくときりがない。そして村自体も人とのつながりなど、年とともに少しずつ変わってきているという。

これらの話を聞くと、人が何を大事にしなければならないのかということが見えてくる気がする。しかし、それが現実の社会に照らすとなかなか明かりが見えないところにジレンマを感じたりする。こういう時代だからこそ、今、人が何を大事にしなければならないか、そのためには何をしなければいけないのかを考える必要があると,改めて感じるのである。




http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2009/08/13 09:48】 | 岐阜県山村・廃村・自然 | page top↑
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