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#191 『次郎九郎』にて思うこと
~『次郎九郎』にて思うこと~






先日、本サイト「e-konの道をゆく」の掲示板で情報をいただいた甲賀市の廃村『次郎九郎』を訪れた。旧でいうと、甲賀郡甲賀町の大字「神」の小字「藤木」、その中の集落の俗称名『次郎九郎』である。この集落は私にとって、人が住んでいた頃から無人となるまでのそれぞれの姿を見ることができた数少ない集落の一つだ。前回の訪問は3年前、もう既に人が住まなくなって何年もが過ぎていた。その時もこのコーナーでその様子を紹介させていただいき、かつての桃源郷のような雰囲気の美しい山村の風景からの変容ぶりを嘆いている。そして今回、大規模な産業廃棄物最終処分場や新名神高速道路の完成というなかで、更にまた大きくその景観が変わってしまっていることをイメージに描いての訪問であったが、実際目の当たりにしてみるとその変貌ぶりは予想以上のものだった。

3年前の訪問では廃棄物処理施設はまだ工事中でその姿はなく、土地の造成真っ最中という感じだった。それでもかつて畑のあったところは掘り起こされ,その向こうの山は大きく削られ、静かな山村の風景は大きく変容していた。そして今回の訪問では廃棄物処理施設の建物も完成されており、さらなる変容した姿があった。しかし今なお処理施設の工事は続き、今後も変容しそうな雰囲気。新しい立派な道路の工事も行われており、それが完成したら今以上に『次郎九郎』の景観は変わることは間違いない。申し訳程度に、村の象徴とも思われるもみじの老木と村の墓地が残されている。また奥に廃屋が一戸残されてはいるが、その対照的な風景とは何とも違和感を感じてしまう。もはやズタズタとなった『次郎九郎』から昔の姿を想像することは難しく、15年間の埋め立てが終わると植林して山に返すという計画が実現されたところで、もうそこには以前の故郷の姿を感じることは難しいことだろう。





その処理場の正式名称は「クリーンセンター滋賀」というそうだ。15年間で廃棄物の埋め立てが終わり,その後は植林して山にかえすという計画であったが、リサイクル推進などで廃棄物が大幅に減少し、当初の予想どおり進むかは甚だ不鮮明。またそれに伴い収入も当初の見込みから大きく減少し、建設の際の借金返済も計画通りにいくのかどうかは難しい状況という。建設に莫大な金を使い(税金と借金)、運営もままならない状態。運営することから生まれる赤字は、おそらく税金でまかなわれるのだろう。こういった施設は必要なものであることはわかっているが、現状を考えると何かややりきれないものを感じざるを得ない。なぜ建設以前にエコの発想が無かったのか。電気も同じだ。電気が足りないから原発が必要という前に、なぜ節約という発想がなかったのか。無駄とかというだけではなく,失うものの大きさも考えるべきである。





などなど『次郎九郎』の空き地に車を停めて一人ぼやいていると、何か視線を感じる。ふと横を見ると道の向こうの薮に一匹の鹿。背中には鹿の子と言われる白い斑点。まだ角ははえていない。じっとこちらを見ているが、逃げるような様子はない。餌を食べ始める。そして終わるとこちらをじっと見る。場所を変えて餌を食べ始める。そしてまた顔を上げてこちらを見る。じっと見る。とにかくじっとこちらを見ているのである。





山で鹿を見る機会はけっこうあるが、鹿の顔を正面からじっくり見る機会はなかなか無い。案外鹿の顔は四角い、などシャレを言っても始まらないが、実際にこうして見ると四角い。そしてこの顔を見ると、なんとも心癒されてくる。山で生活する人たちにとって鹿はどうしようもない害獣ときく。もちろん鹿にこのことを言ってもわからないので駆除(射殺)されてしまうことになるだが、その姿を見ると本当にかわいらしく、癒されてしまうのである。

気まぐれな『次郎九郎』の訪問であったが、何か考えることが多かった。鹿の登場に癒されはしたものの、なかなか素直になれないのである。









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2009/09/21 15:39】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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