スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
#193 坂下峠(神大滝林道)
~坂下峠(神大滝林道)~






久しぶりに、鈴鹿山脈南部を走る神大滝林道の坂下峠を訪れた。鈴鹿峠の西に位置し、滋賀県と三重県を結ぶ林道である。滋賀県側からは峠の少し手前までが舗装路となっているが、そこから先は自然にかえってしまっており、四輪ではどうもがいても峠まで行くことはできない。また、峠から三重県側は完全に山道状態となっている。また現在、滋賀県側の舗装路の部分も、道路両わきののび放題の植物や落石などがかなりひどく、その手の道を敢えて行こうとする者以外には決しておすすめはできないような状況である。この日も車の両サイドボディは、草や枝などで思いっきりこすられ、細かな擦り傷でいっぱいになってしまった。まあ、これも覚悟の上のことなので、自分の中ではけっこう納得なのではあるが・・。





坂下峠に初めて訪れたのは今から20数年前のことで、まだ‘山登り’という健康的なことをしていた頃。その時は、大原貯水池あたりに車を置き、そこから那須ヶ原山(800m)に登って尾根伝いに縦走して坂下峠へと至った。縦走路はやたらクマザサが多くて足下が滑りやすく、前も足元も見えないような状態で、何度も滑ったり転んだりしてにぎやかに歩いていたのを思い出す。今からは想像できないような、青く若かった時代だ。そういえばこの頃、低山登山に凝り、あちこち調べては登山計画を練っていたものだが、その時に見ていた登山用地図や本の林道や山の集落などの情報が、こうした道へ踏み入れることへの大きなきっかけとなったのは間違いの無いところ。

初めて訪れた時の坂下峠は何とも荒廃した感じの独特の雰囲気を持っていた。峠周辺は、路面が雨でえぐれたりして荒れてはいたものの、林道の道幅もあり、今とはかなり違った感じであったと記憶している。『近江の峠/伏木貞三著(白川書院)』という本に昭和45年頃と思われる峠周辺の写真が載っているが、そこには峠近くに停められた車が写っており、峠まで車で行けていたことがわかる。いつ頃から峠付近が荒れてしまって四輪の通行ができなくなったのかはわからないが、私が初めて訪れた20数年前は、今ほどではないにしても、もう四輪での通行は不可能な状態であった。今、そのあたりの自然にかえった山道には所々に当時を思わせる崩れた擁壁などが残っており、車道であった頃を偲ばせてくれる。









久々に訪れた坂下峠は、以前のままの大きくえぐられたようなその独特な雰囲気を残してくれていた。私が持っていた坂下峠のイメージというのは、正確には坂下峠周辺のイメージのことで、坂下峠そのものはその象徴的な風景の向こう側の山道の所を指すようである。早速峠地点に立ち、三重県側に広がる景色を見てみた。遠く遥かに伊勢平野、伊勢湾そしてその向こうの対岸も見渡すことができる。石油コンビナートなのだろうか、赤白に塗り分けられた鉄塔や円筒形の関連施設、沖の海には大型タンカーの姿なども見える。この静かな峠からは全く違ったにぎやかな風景が見えるのが、何か不思議な感じがする。塩馬越え(白馬越え)と呼ばれたその昔は、ここからはどんな風景が見えたのだろう。その風景はきっと、山賊を怖れながら裏街道を越えようとする人々の疲れや不安心を癒す一時を与えてくれたことだろう。

時の流れとともに道はいろいろな姿に変わってゆく。消えてゆく道、自然にかえる道、違ったものに姿を変える道、より大きく立派になっていく道・・など様々。自然の力によって変わっていくこともあれば、人の力によって変わっていくこともある。今後この道はどのように変わっていくのだろう、など考えながら峠からの風景を味わうものの、その現実的な風景を見ると浸りきることは難しかったりする。









http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
関連記事
【2009/10/11 01:06】 | 林道 | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。