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#208 「講演会~廃村茨川に生まれて~」を聴いて
~「講演会~廃村茨川に生まれて~」を聴いて~






鈴鹿山脈の最奥に位置し、昭和40年に廃村となるその時まで電気が通ることの無かった集落『茨川』、その歩んできた歴史や数奇な運命、さらに最奥地の孤村という地理的な条件、今の時代の感覚からはかけ離れた生活が高度経済成長まっただ中の時代に存在していたという事実、これらによって登山家や渓流釣り師に限らず、この地にロマンを感じる者は少なくない。ネットでも、未だ多くのサイトで取り上げられているのもそのためだろう。

この廃村へと続く林道起点、八風街道(国道421号線)からの分岐周辺は、鈴鹿をぶち抜くトンネル工事のため以前の静かな山道とは大きく変容しており、行き交う工事車両や重機の音で今は大変にぎやかだ。古くは銀山でにぎわい、また伊勢へと抜ける旅人の茶屋としての役目を担っていた茨川も、集落内を流れる川にその名残を残すだけで、今は大変静か。そしてそこを通っての鈴鹿越えの古道も、今訪れるものは登山客くらいとなっている。一方、一本下の八風街道は大変にぎやかで、トンネル開通の暁にはさらなる変貌を遂げていくことだろう。なんでもこのトンネル、平成11年に開通するというからもうあとわずか。しかしそれとともに、峠越えの旧・八風街道の部分は廃道となるのは間違いのないところで、少々寂しい気もする。









ちょっと前のことになるが、東近江市の永源寺産業会館という所で「イワナとススキの思い出~廃村茨川に生まれて~」というテーマで講演会が行われた。講師は茨川の地で生まれ、小学校の4年生に離村するまでこの地で育ったという筒井正さん。その地で生活した人にしか語ることのできない貴重なお話をたくさんうかがうことができ、大変有意義な時間をすごすことができた。茨川の簡単な歴史から始まり、筒井さんが生活されていた頃の当時の生活の様子、廃村となるまでの経緯、そして今振り返った時に故郷に対して思うこと、故郷から学ぶこと・・等々、本当に貴重なお話ばかりで、多くのことを学ぶとともに、昔を振り返ることで知ることの大きさ、大切さを改めて感じたりした。





どの話も大変印象的なのだが、中でも印象に残っているのは廃村に至るまでの経緯、村を離れることになるまでの経緯である。それまでは炭焼きを生業にしていた山奥の小さな集落に林道が通り(1954年)、自動車を使っての割り木の出荷が始まる。さらに燃料革命で炭の需要が減り、それに拍車をかける。炭焼きは、木を切って炭になるまでにそれなりの時間、期間を要するが、割り木は切ったらすぐにトラックに満載して出荷。その結果、周囲の山の広大な雑木林は見る見るうちに無くなってゆく。そこに杉などの植林が始まり、四国などからも大勢の入植者がやってきて、一面は杉林へと変わってゆく。林野庁の植林事業で各地の山々が杉林へと変わっていった時代だ。結果、炭焼きを生業にしていた集落で炭焼きの仕事が無くなり、次々と離村してゆく。





離村前の1964年の秋、教育委員会の人が筒井さんのお宅に来て引っ越しをうながしたという。ここにいてもらったら困る、ということである。子どもが一人でもいたら、どんな僻地であろうと教育を保証しなければならない。一人の子どものために大きな金は使えない、ということなのだろう。引っ越しできないなら、子どもだけでも寄宿舎に入れるようにと母親に告げる。そしてついに一家は離村を決意する。小さな子どもと離れ離れの生活を望む親などいないだろう。やむを得ない離村、苦渋の決断であったことは間違いない。「母は、泣いていました。」という筒井さんのことばが印象的であった。









今、過疎化が進んで集落によっては住人が数人という所も全国では少なくないはず。おそらくそういう所では、同じようなことが役場の者からお年寄りに告げられていることだろう。「一人の人のために大きな金は使えない。だから引っ越しをしてください。」また言い方は違うかもしれないが「冬は除雪もしませんよ。これ以上ここに住んだら、町(市町村)としては責任はとれませんよ。」なども似たようなこと。それは事実だろうし、無駄を無くし効率よく金を使おうとするのも当然のこと。しかし、それだけで進めていくと、何か大事なものを捨てていくように感じたりする。





人が山で生活できなくなり山を去る、人が米作りで生活できなくなることで田畑を捨てる。その結果山は荒れ里地は荒廃する。学校が姿を消し、人は村を離れ多くの集落が姿を消す。一方、都会では仕事のない人たちが溢れかえる。今、これまでの長年の国の政策の失敗事例を多く見ることができる。これらを振り返り失敗として認めていくこと、それを繰り返さず正しい道を探っていくこと、それらを考えることで次は何をすればよいのか、ということが見えてこないのだろうか、など単純に思ってしまう。今回、筒井正さんの講演を聴かせていただき、昔を振り返ることで学ぶことは大変多く多岐にわたる、そして今を考える、未来を考える、そのことの重要性をやはり感じるのである。





http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2010/09/14 21:32】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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