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#211 雪の芹谷にて
~雪の芹谷にて~






昨年の末から新年にかけて、全国で雪が降った。地域によっては道路が遮断されてしまって孤立した山の集落があったり、大規模な停電があったりなど、テレビや新聞で連日報道されていた。そういった地域に住んでおられる方は、自然からの恩恵を享受できる地であると同時に、自然の厳しさといつも隣り合わせであるということを改めて感じたりする。そういえば数年前、永源寺の奥にある木地師の末裔の集落『君ヶ畑』が、大雪のため道路が遮断され、少しの間孤立したことがあった。後にそのことを『君ヶ畑』にお住まいの方にうかがうと、「あんなん大したことあらへん。昔はもっともっと降ったもんや。」と元気に話されていたのを思い出す。その方がかなりのご高齢ということを考えると、これまでに何度もこういった経験されてきたのだろう。何十年と山の中で生活する人々の逞しさを大いに感じたりしたものだ。





雪が降ると行きたくなる所がある。それは日頃から好んで訪れる滋賀県犬上郡多賀町の鈴鹿山麓にある芹谷。別に雪が降らなくてもここの風景には大変惹かれるものを感じるのだが、美しい山の集落を抱えるこの地が雪化粧を施した時はまた格別。「そういえば昨年は雪の芹谷を見てないなぁ・・」など考えながら訪れたのは、大晦日の夕方。年始準備などで世間一般では慌ただしく人々が行き来する大晦日だが、白く雪化粧した芹谷周辺はまことに静か。谷を流れる芹川沿いの白い道を通る車もほとんどない。雪の上にうっすら残る轍も、車の往来の少なさを物語る。積雪量はそんなに多くはないが、周辺は雪国の雰囲気を醸し出していた。

芹谷の入り口『下水谷』周辺でまず撮影する。かつては保育園もあったこの地、残っていたブランコ跡も今は撤去され、もうその面影を感じることはできない。赤い有線電話に時代を感じたりするするが、これがずっと残されているということは、今も有線電話は現役なのかもしれない。その、時代に残されたような赤い有線電話と赤く光る道路表示板が、白く雪化粧をしつつある景色の中では有彩色として彩りを添える。









もう少し奥に進んで河内地区の集落あたりで車を降りる。道が大きくカーブする所のこの風景が好きで、訪れる時はいつも写真を撮っている。当然この日も撮る。水を含んだ雪がこの頃からひどくなりカメラのレンズをタオルで包んでの撮影。「そういえばこの家のオバチャンにも以前少しお話をうかがったなぁ・・」など考えながら撮影していると、ちょうど中からそのオバチャンが出て来られた。もうあたりは薄暗い。そんな中、フードをかぶって雪まみれになりながらカメラをぶら下げて歩いている私の姿に少し驚いたようであるが、「よう降りますねー」と声をかけると「よう降るね。写真撮ってはんの?」の声。そして「ええ、きれいですねー」「ようがんばらはるなぁー」というようなたわいもないやりとり。以前お話をうかがったのはもうだいぶ前のことで、それもわずかな時間。覚えておられないだろうなぁ・・など考えながら撮影を続ける。その間にも雪はひどくなり、カメラやレンズを包んだタオルもすぐに雪で白くなっていく。





以前、川向こうにあった、まるで双子のような二軒のトタンの茅葺き家屋。2つが仲良く並ぶその姿がとても可愛らしくて好きで、よく撮影したものだが、今は一軒しかない。双子のような茅葺き家屋の風景はもう見られない風景となってしまっている。その風景をみようと歩を進める。ふと前を見ると、道の前方に雪かきをしているオバチャンの姿。近づいていっても目が合わないので「迷惑かな・・」とも思いながらも「こんにちは」と声をかけてみる。すると「こんにちはー」と元気な声が返ってきて少しホッとする。早速、双子の茅葺き家屋のことをうかがってみる。





「うん、あったよ。そやけど、もう潰してしまわはったわ。」とのこと。何でも、持ち主の方が県内の某地に完全に移ってしまい、もうこちらに帰ってくることがなくなってしまったので取り壊されたという。立派な老家屋だったので何か残念な気がするが、こればかりはどうしようもないこと。今ある1軒だけの風景、以前のイメージが強く「何か寂しげに感じたりするなぁ・・」など考えていると「こんな雪やのに何を撮ってはんの?」のことば。そして「山の集落の風景が好きで、今日は雪の風景を撮りに来たんですよ。」とことばを返す。そしてその会話をきっかけに、湿った雪の降る中で立ち話が始まる。





その方が『明幸(みょうこう)』からここに嫁いでこられたということを聞き、大いに驚いた。『明幸』とは芹谷の北側の山をずっと奥に入った所にあった小さな集落で、既に廃村となって何十年もの年月が過ぎている。『明幸』の隣、同じく廃村の『武奈』にはまだ建物が残っているが、『明幸』は倒れかかった蔵や神社の鳥居や祠、学校跡の石碑などが残るだけで、もはや家屋の姿は見ることはできない。「明幸には武奈分校がありましたよね?」とうかがうと「よう知ってはんねー。何でそんなん知ってはんの?」「山村が好きで、いろいろな集落や廃村を訪れたり調べたり・・」ということで、この後は『明幸』のお話を少しうかがうことになった。その内容については別の機会でご紹介できればと思っている。





雪が降りしきる中であったが、とても元気に明るくお話ししていただき、一年の最後が何か爽やかな気分になったりした。そしてしばらくの立ち話の後、まだまだうかがいたいことはたくさんあったのだが、寒さが体の芯までしみわたって冷え切ってしまうとともに、雪がカメラやレンズに積もって凍り始めたり、辺りが暗くなってきたりなどで残念ながらこれ以上お話をうかがうことを諦めることにした。寒い中で雪かきの仕事を邪魔してしまったことを申し訳なく思いつつ、お話が聞けて嬉しい気持ちも含めてお礼を言う。そして最後に「写真撮らせてもらっていいですか?」と、オバチャンの写真を1枚。あたりはもうかなり暗い。雪の中の街灯の光がボウっと光り、その光りの中に降りしきる雪が見える。そのボウっとした光で手元を見ると、カメラの軍艦部とレンズを包んでいるタオルが雪で白くバリバリになっていた。白くて静かな、2010年最後の芹谷の風景は、なかなか印象深いものとなった。






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2011/01/10 14:58】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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