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#214 廃村「半明」の六体地蔵さん
~廃村「半明」の六体地蔵さん~






滋賀県の山村が好きで、様々な山村を気ままに訪れている私であるが、毎年必ず何度か訪れる所がいくつかある。そのうちの一つが、滋賀県最北の集落「中河内」(滋賀県長浜市余呉町中河内)の小字「半明(はんみょう)」だ。集落といっても、そこにはもう人の生活は無く、高時川沿いのわずかな平地に、荒涼とした集落跡地の風景が広がっているだけに過ぎない。9軒程あった家屋は、丹生ダム建設計画に伴う集団移転の際に全て取り壊されており、今この地に残るものは石垣や電柱、集落内のアスファルトの道など。そしてそれらの多くが夏場には背の高い雑草で覆われてしまうため、注意して見なければ昔の面影を感じさせるものを見つけることは難しい。集団移転で廃村となったのが平成7年。その年の8月に離村式が行われ、人々は故郷の地を離れているので、この夏でもう17年もの歳月が過ぎることになる。









この地で目を引くのは、橋を渡った所にある石段。村在りし頃は、この石段を上った所に愛宕神社があった。しかしそれももう姿は無く、今そこにあるのは、神社に替わってある六体の地蔵さん。ちょうど、高台から村全体を見おろす形となっているこの六体地蔵は、人が去った後の集落を守っているようにも見える。そして、誰もいなくなってもただ静かに見守り続けているその姿は、実にけなげで意地らしく感じるのである。









この六体地蔵さん、これがやけに可愛らしい。毎年新しい帽子と新しい前掛けに衣替えされ、そのいずれもが愛情たっぷりに手作りされており、それが何とも言えない温かさを感じさせてくれる。毎年ここを訪れるようになったのも、この地蔵さんを見たいからに他ならず、その姿を見ると心の底から癒される。何か辛いことがあった時でも、その可愛らしい姿に思わず微笑んでしまう、そんな感じだ。雪の降る前になると、毛糸の手編みの帽子をスッポリとかぶり、一番端の一番小さな地蔵さんは、それに全身を隠してしまったりする。「これからしばらくは深い雪で寒くなるけど、これで乗り越えてなあ・・」という、そんな声が聞こえてきそうな程そこには愛情が溢れている。そして春を迎え、「中河内」から「半明」に向かう道の雪が融ける頃には、毛糸の帽子から春用の帽子に換えられ、前掛けも真新しいきれいなものに衣替えをする。もちろんどちらも手作りのものである。一番端の小さな地蔵には、いつも他とは違った帽子や前掛けが着せられており、何か小さな末っ子を可愛がる親の気持ちを感じたりもする。
また、関西随一とも言える豪雪地帯のこの地の雪で地蔵さんが転んでしまった次の冬の前には、六体の地蔵さんの周りがしっかりと板で囲まれ、転ぶのが防がれていた。春になって訪れた時に、雪の重みでバラバラに転んでしまった地蔵さんの姿を見て「おお、可哀想になぁ・・」と感じたゆえの、豪雪対策だったことだろう。ここらにも大いに温かみを感じさせられるのである。





いつの頃からか、「一体誰がこの地蔵さんにこのような愛情たっぷりのお世話をされているのだろう」などと思うようになり、ぜひお話をうかがってみたいなど感じるようになった。しかし「半明」は既に廃村となっており、そこに行っても住人であった方と出会えることは難しい。ある時、「中河内」に訪れた時にそのことを訪ねてみたが、「うち(中河内)ではしてないなぁ。半明の人と違うか。」ということで、結局そのままずっとわからずじまいでいた。





そんな中、この春も雪どけを待って「半明」を訪れてみた。一度4月に訪れた時はまだ雪が多く残っており、「中河内」より向こうは全く行けない状態だったが、この日は雪もすっかりとけており、「半明」まで問題なく行くことができた。普段はほとんど車を見ないこの地で、途中、何台もの車が停まっていたりするのは、おそらく山菜採りで訪れた人たちのものだろう。そして「半明」集落跡地、そこにもちょうど石段の下に車が停まっていたが人の姿は見えない。









橋の手前に車を停めて、石段を上り地蔵さんのある神社跡へと向かう。一番上までのぼり、まず集落全体を見渡す。この時期はまだ雑草がそう伸びていないので、集落の全体像がわかりやすい。そして地蔵さんの方に目をやると、いつもどおりの六体の地蔵さんの姿がすぐ視界に入ってきて少しホッとする。冬の前に、転倒防止のために囲われていた板は既に取り外され、いつも通り地蔵さんの全身が見えている。衣装はと言えば、雪の季節の前には大きめの毛糸の帽子をスッポリとかぶっていた地蔵さんだが、なぜかサイズがピッタリになっており、その時とは違った毛糸の帽子がかぶされているように感じた。一番小さな地蔵さんの帽子もサイズはピッタリで、もう頭全部が隠れたりはしていない。新しい帽子??しかし何か変だ。よく見ると、帽子は使い古されているように見える。しばらく考えてみた。どうやら帽子と前掛けは冬の前のままで、毛糸の帽子だけがずいぶんと縮んでしまっていたようである。冷たい雪の中でずっとすごしていて、このようになったのだろう。しかし、それもなんだか可愛らしく感じる。そしてしばらく、この春の可愛らしい地蔵さんの姿を撮影する。









一通り写真を撮り終えて石段を降りると、先程集落内に停まっていた車に男性の姿が見える。挨拶をして「地元の方ですか?」と声をかけてみると「地元も地元」という明るい声が返ってくる。「半明の方?」「そうです!」という声に、早速、いつも愛情たっぷりに可愛がられているこの地蔵さんのことをうかがってみる。すると「帽子や前掛けは、うちの家内がやってるんやけど」という、思いもかけないお返事。何とこの方の奥さんが地蔵さんの帽子や前掛けを作られていたのである。また転倒防止の板の囲いは、この方が作られたとのこと。つまり、ご夫婦で地蔵さんのお世話をされていたのである。

驚きで一杯だった。そして地蔵さんのことや、半明のことなどをいろいろうかがってみた。その中でも驚きのことがあった。それは、この六体地蔵さんが、もうすぐこの神社跡から降ろされ、集落の墓地跡に移設されるというのである。今お世話されているご夫婦も、月日の流れとともにご高齢になられ、この長い階段の上り下りが大変になってきたので、お世話しやすい所に移すことを決心されたのだった。事情をうかがって「なるほどなぁ・・」と感じるとともに、時の流れを感じたりもした。





ご夫婦は、この地を離れてからずっと六体地蔵さんのお世話をされており、前掛けと帽子は春とお盆と雪の前の年に3回、新調されるという。あの可愛らしい手作りの帽子と前掛けは、16年間もの間ずっとこのようにされてきたのだった。そのことをうかがうと、何とも言えない感動をおぼえた。やはりこの地蔵さんにはたくさんの愛情が注がれ、それが見る者にも何とも言えない感動を与えていたのだということを確信したのだった。おそらくご夫婦は特別なことをしてるなど思われてないだろうし、見る者に感動を与えているなども思いもよらないことに違いない。しかし、あの地蔵さんの風景が荒涼とした地に温もりを感じさせ、訪れた者の心を癒しているのは間違いなく、その風景を見ると、そこには今の社会の中で失われつつある大事な何かを感じずにはいられない。今の荒涼とした社会の中で大切なものは何なのか、必要なものは何なのか、など重ね合わせることができるようにも感じるのである。





山深い地で、真新しい帽子や前掛けのお地蔵さんに出会うことは少なくない。また、周辺に集落が無くても花が添えられていることも決して珍しいことではない。そのそれぞれの背景に、こういった人の温もりがあるということを改めて感じるとともにそういう風景を見ることができる、そのことの大切さを強く感じる。ちなみにこの六体地蔵は、村在りし頃は神社近くのケヤキの木の下にあったそうで、そのあたりは「ごーりんさん」と呼ばれ、神聖な所とされていたという。しかし、残念ながらその由来は「わからんなぁ」ということで、今の時代ではもはや知る術も無い。





人のいなくなった村を見おろす六体地蔵さんは、間もなく下に降ろされ集落内の別の地に移設される。それでも地蔵さんへの愛情はこれまでもなく注がれ、また訪れる者の心を大いに癒してくれることだろう。今回の訪問で、地蔵さんの向こうにある、人々の温かい心や思いやりを改めて知ることができた。そしてそれを見せてもらえることに、ただ感謝の思いを感じる。これからも可愛らしい地蔵さんを長く見せてもらえることは、私にとって本当に幸せなことなのである。






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2012/05/09 19:45】 | 滋賀県山村・廃村・自然 | page top↑
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