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#241 桜の木造校舎と廃村、そして林道越前西部3号線
~ 桜の木造校舎と廃村、そして林道越前西部3号線 ~






 久しぶりに越前の林道(広域基幹林道越前西部線)を訪れた。前回の訪問が2007年なので、8年ぶりということになる。その時には越前西部3号線の途中から入り、南に向かって2号線、1号線を走った。ちなみに南から北に向かった場合、越前西部1号線は越前市中津原から越前町六呂師(22.3km)まで、2号線は越前市千合谷町から越前町下山中(14.9km)まで、3号線は越前町下山中から福井市大味町(27.2km)までとなり、総65km程にもなる。4号線もあるようだが、案内図が古いのかどうかわからないが、書かれてはいなかった。
 下の2枚の地図は、いずれも現地の案内地図を撮影したものだ。1号線のものは20年前のものなので、今はもう新しくなっているかもしれない。



1994年撮影




2007年撮影


 南北に連なる山々を縦断する形で走るこれらの林道、特に3号線は東西のそれぞれの山麓の集落からの支線が複雑につながっているので、いつもどこを走っているのかわからなくなり、どれが本線なのか迷いながらの走行となる。今回はその3号線から入り、その周辺を走ってみた。地図でいうと、ちょうど越前岬の東の山の中、という感じだ。下の地図は、現地の案内地図を撮影したもの。



2015年撮影


 これらの林道は、20年程前の訪問では一部未舗装部分も残っていたが、早々に全舗装されている。そういえば滋賀県を含め、周辺各地の林道の多くが閉鎖されたり舗装化されるようになってからは、極端に林道走行をしなくなってしまった。安全管理面や、設置者ならびに主たる利用者の目的や都合に合わせて舗装されるのは仕方の無いことなのだろう。しかし、それとともに失われるものも少なくないと感じる。また、多くの心無い車も入ってくることになり、ゴミや不法投棄・グレーチングなどの盗難などが増えているのは、林道に設置されている警告看板などを見ても明らかなようだ。林道を走っていて、実際にそういう現場を目にすることも珍しいことで無くなっている現実は、やはり悲しく感じる。



1994年の林道越前西部線




1994年の林道越前西部線


 北海道は幹線道路でも未舗装路がけっこう残っていて、何度かの旅の際に走行したりしたのだが、長らく未舗装路と離れていた自分にとっては、なにかとても懐かしい感覚だった。未舗装路では自然とスピードを落とすので、車窓から見える自然いっぱいの風景もじっくりと味わえるし、地面を踏みしめるタイヤの音や鳥のさえずりなども聞こえてくる。非日常のものにふれることができるのである。自分の場合、ダート走行の魅力はまさにそこにあり、そういった所に訪れることで多くのものを目にし、価値観も大いに変わったと感じている。といっても今回走行した林道は全舗装路なので、ダート走行時に感じるような心地よさより、もっぱら景観を楽しむ感じでの訪問だ。



2013年/北海道上士幌町の岩間温泉への林道


 前置きが長くなってしまったが、この日はまず、ある所を訪れた。これより10日ほど前に訪れた木造校舎だ。その時は、そこでの「木造校舎と桜」の風景を見たくて訪れたものの、桜が咲くにはまだ早すぎて見れず、今度こそはと思っての訪問だった。しかし急に暖かくなった春の10日間はちょっと長過ぎたようで、桜は満開が過ぎてかなり葉が多くなってしまっていた。それでもピンクが色鮮やかなしだれ桜が多くの花を咲かせており、春の雰囲気を思い切り醸し出してくれている。また校舎前に植えられているチューリップも開花前の蕾が大変美しく、これから迎えるであろう開花したチューリップと木造校舎の美しい風景をイメージさせてくれた。

















 前回の訪問時に校舎横の畑で作業されていた方の姿はこの日は無く、周辺にもほとんど人の姿はない。校舎前の道も時折車が通り過ぎるだけで、大変静かな山の中の木造校舎。通常は廃校後の校舎は、他用途での使用が無い限りどんどん荒れ果てていくものだが、ここは今も大変きれい。建物はもちろん、小さな校庭の桜や花壇のチューリップなども手入れされている。きちんとした管理無しではこの姿は保てないだろう・・など思いネットで調べてみると、やはり他用途での使用がされているようだった。実はこの校舎は、取り壊しが決まっていたという。しかしそれを惜しむ卒業生たちが立ち上がり、有効活用しながら今後の保存も実現していこうと、蛍鑑賞会や収穫祭、音楽会・・など様々な活動やイベントなどを行ない、それにより今もこうして美しい姿を見せてくれていたのだった。
 時代の流れとともに消えてゆく古いものの中には、その姿を見せてくれることで多くのことを語りかけてくれるようなものも少なくない。それら大半が失われていく中で、こうして残っていく背景には、やはり人々の温かい思いや行動する力があってこそというのを改めて感じる。













 木造校舎でしばしの時間をすごした後、山へ向かう。越前西部林道3号線とつながる峠に着き、少し撮影。前回の訪問では峠名の標示は無かったが、今回は「海山峠」の看板があった。文字通り、海も山も見える峠だということなのだろう。周辺の案内図を見てみると、このあたりは「県民いこいの森」として整備されているようで、本線を走っている限り道も整備されていて安心だ。杉林も少なく大変開けた感じで、新緑の春や秋の紅葉時には美しい景観となりそう。
 それでも車がほとんど通らず、一般道に比べ道も狭いので、こういう所に不慣れな人には不安に感じられるのかもしれない。峠でウロウロしている時に1台の車が来て「この道、どこへ行くんでしょうか・・」と不安げに声をかけられた。「こっちへ下ると集落に出ますよ」と返事すると安心されたようだが、60代くらいの女性2人のドライブだとこの静かすぎる雰囲気は、やはり少々心配だったようだ。













 前々回のこのコーナーでもご紹介した廃村にも行ってみることにした。
 3号線を北に進むと、再び峠に出る。今度は「花立峠」という標示がある。ここからの眺めはなかなかのもの。視界の良い時は白山が見えるというが、この日はうっすらという感じだった。もちろん海も見える。撮影したのが正午すぎだったのでかなり霞んでしまっているが、朝の澄んだ空気の中や、夕焼けで赤く染まる時のここからの景色は格別のものがあるだろう。そういうシーンを想像すると、泊まりがけで来てみたいなど思ったりする。













 廃村に向かうには、峠を少し行った先の支線に入り谷を下る。前々回のこのコーナーで、その廃村のことをうっすらとした記憶で「山を越えるまでの最奥の集落」など書いていたのだが、実際に行ってみると、山を越えて谷を降りた所にその集落はあった。舗装されているとはいえ、雪解け後の道は落石が多く、走行するには神経を使う。これまでの経験でいくと、スピードを上げて尖った石を踏んだり跳ね上げたりすると、やわなタイヤのサイドウォールはいとも簡単に切れてしまう。この日は、そのやわなオンロードタイヤでの走行だったので、慎重に走る。





 峠から一気に150m以上の標高差を下ると、やがてその集落跡が見えてきた。10年ほど前の訪問では蔵だけが残されていたのだが、今もその蔵は健在だった。かなりの傷みがありはするが、10年もの歳月とこの雪深い地の厳しい自然条件を考えると、こうして残っているのは本当に奇蹟とも思える。道向かいの石段を上ると、そこには墓石が一つあり、ここで生まれ育った人たちの魂が故郷の地に今も眠る。他に残っているのは積み上げられた石段や、倒壊した家屋のものと思われる朽ちた柱と瓦くらい。すぐ近くの小川には、源流に近い澄んだ水が流れ、美しく光る。小さな川だが、村在りし頃は生活の生命線だったことだろう。













 1974年~78年頃の空撮写真を見ると、数軒の家屋とその周辺の田畑が写されている。周りが山に囲まれた谷の、わずかな狭いスペースにあった集落だったということがよくわかり、改めてその生活の厳しさを感じるのである。



「国土地理院ホームページ」より







 再び来た道を戻り、しばらく越前西部林道3号線を走る。そしてわけがわからないまま分岐を曲がったりして走っているとやがて海岸線が見えてくるが、どこを走っているのかイマイチわからない。その海岸線をよく見ると洞穴が見える。なにかずっと以前に、そこを通ったことがあるような記憶があるが、今はどうも使われてはいないようである。帰宅後調べてみると「呼鳥門」という天然トンネルで、10数年前まで実際にトンネルとして使われていたそうだ。









 このあたりでは「熊出没注意!」の看板をよく見かけた。これまで一度だけ林道で熊と出合ったことがあるが、その時は車の中だったので何事も無く終わった。一番危険なのは、はち合わせてしまって熊が驚いて攻撃態勢に入った時だろう。そうならないように熊鈴などでこちらの存在を知らせるように気をつけてはいるが、それでも出合うことがあるかもしれない。そうなったらどうしよう・・など思って歩いていると、道に熊の糞らしきものを発見。この真っ黒な感じからすると、熊のものかもしれない。しかもまだ新しそうな感じだ。









 熊は自分にとってけっこう興味深い存在なので、行く先々で出会った人に熊のことを聞いたりする。北海道では「もう何十年も山登りしているが、未だ熊に出合ったことが無い。」という人もいれば「おるおる、普通におるよ。」中には「何度も出合って格闘もした。」という猛者もいた。先日、余呉町の半明で名古屋から来られた山菜採りの人に聞くと「そんなん、おらへんおらへん。大丈夫や」と言っていたが、地元の人に聞くと「あそこの木が折れてるやろ。あれは熊が折ったんや。朝方に見ることはあるな。」とのこと。つまり出合ったことの無い人は「おらへんで」と言うし、出合った経験のある人は「おるよ」というのだろう。でもこうして糞があったり目撃があったりなどからすると、確実に周りにいるのだから、こういった山での注意は怠るべきではないということなのだろう。









 また少し走ると見えてきたのが梨子ヶ平の千枚田の風景。案内板の説明によると、千枚田の名であるが、今ではその大半が越前水仙に転作されてしまったとある。米作りをしていた頃の夕暮れの水田の風景を見たかったなど思うが、一斉に咲く水仙の風景もそれはすごいものがあるだろう。ここでもオーナー制度があるようで、12月下旬にオーナー会員の一斉収穫がされるというから、咲き始めはその頃からのようだ。私が山里でよく見る水仙は3月頃から咲き始めるので、ずいぶんと開花時期が違うものだ。













 帰宅後、現地で見た行き先案内の標示「城有町」「八ツ俣町」「梨子ヶ平」などを元に地図で確認してみると、六所山を西に進んで海岸線まで出たことがわかった。途中で越前西部3号線を離れていたようである。地図で越前西部3号線を確認しようとしたのだが、略図では「なるほどー」と思ってそれを地形図に当てはめてみようと試みるものの、地形図ではたくさんの細い道が複雑に入り組んでいてやっぱりわからず・・。結局今回も、林道越前西部3号線は途中で訳が分からなくなってしまった。それでも分岐や支線が多いぶん、いろいろなものに出合えそうなので、細かく行き先など考えずに走ってみるのもおもしろいような気がする。また景観の良い所も多く、周囲の木々の緑も大いに楽しめるので、周辺のキャンプ場などで泊をとって、ゆっくりとまわるのもいいのかもしれない。













 距離にすれば短かいものの、桜と木造校舎、山里、峠からの山の風景、海、棚田などいろいろなものに出合うことができる林道越前西部3号線の周辺。地図などを見ると、この他にも様々な見所がありそうなので、またぜひ訪れてみたいものだ。

 など思っていても、訪れるのはまた8年後・・くらいになってしまうかな・・






http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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