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#82 ある休校校舎の風景
~ある休校校舎の風景~

前回のこのコーナーで長野県の山村の「阿南町立和合小学校」の運動会のことを紹介したが、今回はその分校の話をしてみたい。

『和合』より舗装林道を車で30分ほど山越えの道を走った川沿いに、その村はあった。とても静かだ。人の姿がほとんど見えないのは、たぶん和合小学校で保育園、小学校、町民の合同運動会が開かれているからだろう。学校を探す。目印になる青いフェンスがすぐに見つかり、それにそって裏門?へ続く坂を上ってゆくと簡単に学校は見つかった。小さいながら平屋の美しい木造校舎。申し訳程度の校庭には鎖から下のない錆びたブランコ。秋の日差しがとても心地よく、地面に生えた草も暖かく、しばし私は腰を下ろして写真を撮る。一通り撮影して今度は校門?から道に出る。

「あれ??」もう一つ学校らしき建物が道を隔てて向こうに見える。入り口には『和合小学校日吉分校』の碑。「こちらが小学校分校かぁ、じゃあ今のは何だろう・・」
手前に小さな校庭があり、その奥に校舎が見える。しかし全校生徒6名とはいえ現役の和合小学校と違い、ここは残念ながら現在休校中。石碑裏には「いつの日にか、この学舎にふたたび、子らの声のこだますることを願いて」というメッセージとともに昭和60年休校と記されている。休校となった時の村の人たちの学校への思いが伝わってくる。
昭和5年に建築されたというこの校舎の正面上部にある時計、その横には「贈 昭和52年卒業生」と書かれている。休校となる8年前のこの卒業生たちも今は40才を少し越えたあたりだろうか‥卒業生の何人がこの村に残っているのだろう、などつい考えてしまう。
ここでもしばらく写真撮影をする。秋の日差しによって作られる木々の影がやさしく校舎にのび、とても美しい。今でも夏の「○○教室」などでここは使用されているようであるが、日頃、子どもたちの声が聞こえてくることはもう無い。

静まり返った校舎を見ながら、石碑にあるように、いつの日か子供たちの元気な声がこの校舎に戻ってくることを祈りつつ帰路につく。その時、校庭片隅に何か不器用な感じに置かれたコンクリート製のコートローラー(重いコンダラではありませんぞ)が目に入る。何だかいびつな感じがするのでよく見てみると「昭和27年5月吉日、日吉青年会寄贈」というように書かれてある。どうやら手作りのようだ。勝手に、これが青年会の人たちから小学校生徒たちに手渡された時のことなどを想像してみる。小学生一人では引けないような重さのローラーだから、きっと何人もの生徒がキャーキャーと声を上げて元気に引いたことだろう。

しかし半世紀以上もの年月が過ぎ、既に鉄の支柱も曲がってしまい、もう引かれることはない。何よりそれを引く子供たちがいなくなってしまった現実が今ここにある。
そして子供たちの喚声の代わりに、秋の日差しの中にそのことが寂しく響くのである。












http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2006/10/15 00:00】 | 木造校舎・廃校 | page top↑
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