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#84 この秋が最後の秋
~この秋が最後の秋~

おだやかに流れる清流。川にかかる古びた橋、河原に咲く花がその風景に彩りをそえる。9月の中頃だったか、ここを訪れた時は日差しが少し強かったものの、お弁当でも広げてのんびりとしたくなる、そんな風景が広がっていた。ただしここだけを見れば・・である。

周囲を見るとかつて集落や中学校などがあった地は不自然な更地に変わり、今は何もない。何より遠く山肌から見下ろすコンクリートの巨大な橋脚に強く違和感を感じる。なぜあんな高い所に橋があるのだろう?何も知らずにこの風景だけを見れば、そんなことを思うだろう。

静かだった村に大型ダンプや重機の音が響くようになって一体何十年になるのか・・。ようやくその重機の音が消える時が来た。しかしそれは音が消えるだけではなく、周囲の全ての風景も消してしまう時でもあった。全てのものが水に飲み込まれ、もう二度と現れることはない。今、美しく目の前を流れる川の水が、もう間もなく行き場をなくして溢れ、広がり、あたり一面を覆う。そして冷たい静寂となってその地を深く包み込む。そのことを考えながらこの風景を目にすると、全くの部外者の私でさえ悲しく切なくなってくる。しかしそれは、この地で幼き時から老いたる時まですごした人たちの心情を思うと、安っぽい感傷にすぎない。今は亡き愛する人の眠る地、多くの思い出のしみこんだこの地、それらが程なくして水に沈むこと、そのことをいまだ処理しきれないかつての住民も、決して少なくないことだろう。

私はこの地『徳山』とは何の関係もない人間であるし、訪問回数も決して多くはない。しかし、こういったことを始めるきっかけを与えてくれた『徳山』には、自分なりの思い入れも持っている。14年前に初めて実際に見た『徳山』の風景は今でも鮮明だ。ゆがんで倒れた村内案内の大きな看板、中学校体育館、それに架かる橋、元は商店と思われる黄色い公衆電話のある家屋、他にもポツンポツンと家屋が残っており、生活している方の姿を見ることもできた。そして高台の小学校‥。

最後まで残されてそのまま水没することになったこの地の象徴でもある小学校も、あとわずかでその姿を水の中に隠すことになる。もしかして水はもう既に校舎の一部にかかっているのかもしれない。そのことを思うと、小さな安っぽい感傷ではあるが「やはり最後にその姿を見ておきたい」など思ってしまうのである。

2006年の秋、この秋が、徳山を見ることのできる最後の秋となった。












http://www.geocities.jp/kondodoraibuiko_ne021/index.html
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【2006/10/29 00:00】 | 岐阜県山村・廃村・自然 | page top↑
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